221話 同名でも全く同じとは限らない

 これで説明が終わりではないだろう。

 というか……これだけで納得してもらっても困る。


 そう思っていると、補佐官のひとりが挙手をした。

 茶色の髪で、青い目、少し日焼け気味の小柄な人間。

 名前は、たしかラケーレ・ゼーニャだったな。


「ラケーレさん。

質問があるのでしたらどうぞ」


「は……はい。

火でドリエウスの軍を倒したのはわかりました。

でもどうやって狙った場所と時期に、攻撃を誘導できたのでしょう」


 ああ、そうだったな。

 その説明をしていなかった。


「まず場所の誘導の話からします。

ドリエウスが、我々を攻撃するのに適した地点は二カ所だけ。

第一が最初の戦場、次が先日の戦場です。

第一の戦場を彼らが選んだ理由は、当然あります」


 俺はプリュタニスを見た。

 プリュタニスに説明してもらえればいいのだが。


 プリュタニスは落ち着きを取り戻したようだ。

 多少顔色は悪いが、俺の視線を受けてうなずいた。


「最初は獣人との混成部隊です。

2番目の戦場までの道は、混成の大部隊での進軍に適しません。

砦の前は平地が広がっています。

ですが距離が遠く、ラヴェンナの勢力圏内。

長い森を抜けるときに、人数が多いと行軍が困難になります。

途中で奇襲を受けると、訓練を施していない獣人が足を引っ張って、人間に被害が出ます」


 プリュタニスが俺に視線を送ったので、それで合っていると無言でうなずいた。

 それを受けてプリュタニスが、お茶に口をつけた。


「最初の戦場は急行すれば、森での襲撃を受ける前に軍を展開できます。

そして得意の戦法で戦えます。

兵数も圧倒的に有利でしたので、わざわざリスクの高い場所を攻撃する必要がなかったのです。

そして2回目の編成は、恐らく人間のみでしょう。

さらに最初の砦は、石造りの大きなものになっています。

騎兵主体で石造りの砦の攻略は困難です。

攻城兵器の運搬も、森を抜けるので時間が掛かり、察知されてしまいます。

今回の攻撃目標は父の側から見て、都合のいい……」


 プリュタニスは一瞬言葉に詰まったが、気を取り直したようだ。


「つまりラヴェンナ側の防備が薄く、兵士の数も少ない砦です。

その砦を落とせれば街道が続いており、攻撃対象が一気に広がる。

絶好のポイントなのです。

つまり、形勢を逆転できるのです。

他の博打を打つ余裕はありません。

なにより、時間がありません。

それこそがアルフレードさまの罠だったわけですが……」


 プリュタニスに俺はうなずいた。

 俺はラケーレに向き直った。


「皆さん。

これで場所の誘導に関しての疑問はないですね?」


 ラケーレを見ると、完全に理解したわけではない。

 だが理由があって、狙いどおりになったことは分かったようだ。

 最初だしな。

 おいおい学んでいけばいいだろう。


「は、はい……。

あとは自分で考えてみます」


 大変結構だ。

 時期に関しては、俺から説明するか。


「時期ですが……。

こちらは簡単です。

こちらが他の部族と合同でドリエウスを攻める、そう使い魔経由で伝えています。

獣人は戦えないばかりか、最悪、寝返る可能性があります。

ドリエウス陣営は内部の権力闘争で、必死な状態です。

そんなときにこちらの攻撃を受ければ、ドリエウスの権威は失墜します」


 一同を見渡すちゃんと理解できているかな?

 多分……大丈夫だろう。


「つまりドリエウスは、攻められる前に手を打つ必要が出てきたわけです。

さらにこちらの軍が動く準備に入ったことを知らせました。

もう一刻の猶予もなくなります。

これである程度は、攻撃する時期の誘導ができます。

種明かしをしましたが……。

場所と時期の誘導の疑問は大丈夫ですか?」


 再びラケーレを見た。

 ジャングルから都会に出てきた未開人のような顔をしていた。

 多分……一度に難しく考え過ぎているな。


「こ、これも、あとで考えてみます」


 ミルとキアラは昔の自分を思い出したのか、温かい目で見ていた。


「他の疑問はありますか?」


 今度は、別の秘書官が挙手した。

 白い髪で、茶色の目、白い肌のやや小柄な猫人だ。

 名前はたしか……。

 ラトカ・トカーチュだったな。


「ラトカさん、どうぞ」


「はい。

火で全滅といっても……。

敵は火を消すか逃げだすのではありませんか?」


 プリュタニスもそこは、気になっていたらしい。

 身を乗り出した。


「私も是非そこは知りたいです」


 これを聞いたら落胆するかもしれんな……。

 思わず頭をかいた。


「火計が発動する条件は、二通りあります。

まずこちらの火矢。

この場合は当然警戒するから、着火しても逃げ回ります。

全滅はムリでしょうね。

壊滅はしますけど」


 俺はラトカの様子を見た。

 このケースの解釈には、納得がいったようだ。

 では残りのケースを話すか。

 

「恐らく……今回発動したケースです。

相手が砦に、火をつけようとして、足元の午時葵ゴジアオイに引火。

火矢でも小さな火種は、地面に落ちるときがありますからね。

相手に火を掛けようとして、突然自分の足元が燃える。

さて、どうなります?」


 ラトカは身震いした。


「混乱しますね……。

何が起こったか、すぐわからないと思います」


 俺は黙ってうなずいてから、カップに残ったお茶を飲み干す。


「混乱しても、自分に引火していたら走り回りますよね。

そうするとほかの午時葵ゴジアオイにも引火して、みるみる炎が広がります。

分散しつつ群生させています。

結果的に逃げた先で、盛大に燃え上がりますよ」


 プリュタニスが少し考え込んで、俺を見た。


「そんな簡単に引火するものでしょうか? そもそもそんな話を、どこで知ったのですか?」


 当然の疑問だな……。

 それにもったいぶる話でもない。


「まず、どこで知ったのかからですね。

人が増えてきたときに、火事の心配をしました。

そちらは対策しているからいいのです。

ですが狼人の元住居に砦をつくる関係上……。

一つ重要な確認すべきことを失念していました」


 失念の言葉に、全員が驚く。

 俺は結構失念するぞ……。


「自然発火による森林火災が発生したことはないのか。

それでプランケット殿から『たまにあるが大規模ではない』と聞きました。

落雷でない現象を想定すると、自然の発火物があるのではと推測したのですよ」


 一同を見渡した。

 俺のことだからとっぴな話かと思ったら、普通の切っ掛けで拍子抜けだったらしい。

 構わず説明を続けよう……。

 俺はエンターティナーではないからな。


「発生地点を聞いて、その辺りで火事の原因に何か心当たりがないか皆に尋ねました。

するとミルからこの辺りには、午時葵ゴジアオイが咲いている。

知っている発火物はそれくらいだと聞きました」


 皆の肩透かしの表情は変わらない。

 お前ら……俺に一体なにを期待しているのだ。

 ともかく話を続けよう。


「そこで、ミルに特徴を聞きました。

その花を摘んできてもらって、本当に燃えるか確認したかったのです。

その前に……。

お茶のお代わりをください」


 キアラはにっこりほほ笑んだ。


「はい。

お兄さま」


 調べたのは、純粋な好奇心。

 そして警戒が必要なものか確認したかったからだ。

 イノシシの件で、俺は自然の力に対して慎重になっている。

 転生前の午時葵ゴジアオイに引火する噂はあったが、火事の情報はなかった。

 むしろユーカリのほうが、火災を起こしている。

 ユーカリはオーストラリアの気候で自生するからここにはない。

 午時葵ゴジアオイは自生している。

 

 火事が起こっているとなれば……。

 こちらの世界の生物は、転生前の世界のものより特性が強いのではないか……。

 同名でも世界が違えば、まったく同じとは限らない。

 キアラが煎れてくれたお茶に口をつけて一息つく。


「ミルから聞いた条件で、揮発性の油が茎から出ました。

それも結構な量ですね。

そして小さな火種でも簡単に発火しました。

さらに火力も十分でした」


 転生前の午時葵ゴジアオイの油は、35度以上の気温で発火。

 だがそこまで、派手には燃えないはずだ。

 派手に燃えていたら、ヨーロッパは火事だらけだったろう。


 こちらの午時葵ゴジアオイの油は、もっと熱くないと駄目だ。

 だが一度火がつけば、燃え方は派手だった。

 これなら火災になる。

 その時点で、俺の武器候補になったわけだ。


 俺の沈黙を、ミルが自分の番と感じたようだ。


「そう。

ただ午時葵ゴジアオイは群生していないのよ。

それに直射日光に当たり続けると枯れるわ。

点在している上に、熱がよほどこもらないと発火しないの。

だから火事は、めったに起きないのよ」


 いったん話を切って、ミルは俺を見た。

 そのまま話しても問題ないので、俺はうなずく。


「話はそれで済まなくて……。

アルから平地で群生させる方法を聞かれたのよ。

そこで他の植物と一緒に植えれば、群生は可能だと伝えたわ。

ただ……私も森で隠れていたときに、口伝で聞いただけ。

だからいろいろ試して、なんとか成功させたのよ」


 プリュタニスが深いため息をついた。


「武器として成立させる方法を探す……。

そして誰も知らないから、必殺の武器になるわけですか」


 ラトカは青白い顔をして震えていた。


「私たち猫人は知らないとはいえ、邪神に喧嘩を売っていたのですね」


 おい……。

 いきなりランクアップすんな!

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