222話 人は理解できないものに恐怖する

 代表者会議で火計の説明を行うと、反応はさまざまだった。

 

 古参組はあきれた表情、それ以外は仰天。

 だが…有翼族と猫人の俺を見る目に恐怖が混じる。

 そして、新参の魔族の2人は目が点になっていた。

 

 今後の具体的方針の決定は、チャールズの帰還を待つことになった。


 

 翌日、久しぶりにおくりびとシルヴァーナが俺の所にやってきた。


「アル、ちょっと相談があるんだけどさ…」


 絶対ロクなことじゃない。

 俺は反射的に視線をそらす。


「今日は暑いですね…」


「話を聞いてくれるまで…毎日来ても良いのよ」


 思わずため息がでる。


「今日はなんですか…」


 おくりびとシルヴァーナは腰に、手を当てて憤慨した。


「レディを前にため息とか失礼ね、期間契約冒険者のことよ」


 窓口役の支部長セザール・サリニャックはどうしたのだ。


「シルヴァーナさんは、もう窓口でなくなったのでは?」


 おくりびとシルヴァーナが天を仰いだ。


「ところがさぁ…セザールさん…アルのことが怖いんだって」


 おい、何もしてないぞ。


「私は彼に何もしてませんよ…」



 おくりびとシルヴァーナが珍しく苦笑した。


「遠慮がちの昼あんどんにはアルって、かなり不気味みたいよ。

何を考えているのか分からない。

どんな言葉や態度が不興を買うか分からない。

言動がまるで17歳に見えなくて怖い」


 待てや、しばいたろうか…。

 俺の憤慨をよそに、薄情な秘書2人は笑い出した。


「当然の権利のように、過分な要求をしない限りは…不機嫌になりませんよ」


「アタシもさ、全然怖くないって説得したんだけどね。

それで、今日面会のアポをとる約束をさせたのよ…ところがさ…」


 ああ…絶対逃げたな。

 俺の白い目を見ておくりびとシルヴァーナが肩をすくめた。


「仮病じゃないんだけどさ…。

昨日…勇気を出すために、酒を飲んで娼館にいったらしいのよ」


「まるで、関連性が分かりません…」


 おくりびとシルヴァーナがそこでニヤニヤ笑いになった。


「話は最後まで聞きなさい。

普段しないことを急に頑張ったせいで…ギックリ腰になったのよ」

 

 そう言って俺の肩をバシバシたたきながら爆笑し始めた。

 こんなとき俺はどう言えと…。


「そ、そうですか…。

それでシルヴァーナさんが臨時の窓口になった…と」


 しばらく笑い続けていたが、ようやく治まったらしい。

 おくりびとシルヴァーナが涙目を拭った。


「本題に入るわよ。

冒険者たちがね、ずっと平和なままだと、危険へのカンが鈍る。

後々の活動に支障がでるから…危険な仕事も欲しいと言ってるのよ」


 実に真面目な話だった。

 確かに…言い分は理解できる。

 平和な生活だけで良いなら、冒険者にならないからな。

 

「危険な可能性がある仕事は…ありはするのですよ」


「なら、任せてよ」


 話はそう簡単ではない。


「この地方の地図が、まだ穴だらけだから埋めたいのですよね。

危険になる可能性がある仕事です」


 おくりびとシルヴァーナが腕組みした。


「アルが完璧な統治してるから、勢力圏内って巡礼地以上に安全なのよね…。

確かに危険な仕事はそのくらいか…いいわ、それにしましょ」


 俺は静かに首を横に振る。


「ところが話はそう単純でないのです。

地図とは軍事機密です。

簡単に外部には漏らせないのですよ」


 日本は平和ボケしているが、地図は基本的に軍事機密に属するものだ。

 敵からすれば大事な情報だ。

 衛星を使ったフリーの地図があるせいで、ほぼ形骸化しているが。


 この世界では話が違う。

 おくりびとシルヴァーナは難しい顔をした。


「うーーん、それもそうね…。

最悪、金に目がくらんで敵に地図を売るヤツはいない…とは言い切れないわ」


 とはいえ…そろそろ不満もたまってくる所か。

 爆発する前に手を打った方がいいな。


「地理調査隊の護衛、であれば依頼しても支障はないと思います。

当然ギルドに機密保持契約はしてもらいます」


 内部だけでやるのが理想だが、冒険者を入れてしまっている

 使わないわけにいかない。

 今後、冒険者を頼る仕事は必ずでてくると見ている。

 ここで無駄に関係の悪化をさせると、あとで依頼するときに足元を見られる。


 おくりびとシルヴァーナが少し考えていたが、うなずいた。


「そうね、そのあたりが妥当かな…。

奥の魔族が押さえている魔物討伐の話があれば、一番良いんだけどね」


 それって魔族を倒した結果の話じゃねーか。

 できるなら戦いたくはないぞ…。

 せっかくの防波堤を好き好んで壊したくはない。


「その話は保証できませんからね。

もう少し余裕ができたら、危険度MAXの山越えルートの調査がありますよ」


 おくりびとシルヴァーナが驚いた顔をした。


「あんなでかい山を越えられるの?」


「ええ、一部の部族は山を越えてここにきています。

なのでルートは必ずあります」


 おくりびとシルヴァーナは楽しそうな顔になった。


「それ、面白そうね~。

調べるときは絶対冒険者に1枚かませてよ!」


「分かりました、その調査は必ずやります。

そのときには声を掛けますよ」


 納得したのか、今回は静かにおくりびとシルヴァーナは出て行った。

 それより…支部長が俺に恐怖してるって何だよ!


「私ってそんなに怖いんですかね…」


 ミルはちょっと苦笑したようだ。


「普段、偉ぶらなくて物腰も柔らかいから…優しい人に見えるわよ。

ただ…」


「つまった言葉に不穏な気配を感じるのですが」


「年齢と業績が加わると…ね。

よほど鈍感な人でない限り…引くわよ。

私も領主になったあとのアルと会っていたら…簡単には親しくなれなかったわね」


 キアラは俺に笑顔を向けた


「人は理解できないものに恐怖を覚えますわ。

理解されればまた変わります。

でも…あまりに親しみやすくなって、お兄さまとの時間が減らされるのは困りますわ」


 いや…こだわるポイントじゃないだろ。


「確かにそうね…、今くらいがちょうどいいかもね」


 駄目だ…ミルもこの手の話題はキアラと同類だった…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る