219話 暴露合戦
預言者派を解き放って一週間ほどたった。
秘書の2人は補佐官たちの教育に精を出している。
最初は余りのもどかしさに、フラストレーションがたまっていたようだった。
だが……補佐官が仕事を覚え始めてから、状況が変わった。
教えることが楽しくなってきたようだ。
それにしては様子がおかしい。
今日は夏にしても非常に暑いからだ。
ラヴェンナに来てから一番の暑さだ。
湿気はそこまでない……といっても東京の湿気と比べて少ないだけだ。
飛行機で羽田に降りたときに感じる、アノ膜に包まれるような感覚ではない。
こっちの世界基準で考えると…今日は湿気が多い。
ラヴェンナ地方はそこまで湿気が多くないはずなんだけどなぁ。
たまにはこんな日もあるか。
今までこんな暑さを感じなかったから、配慮をしてこなかった。
考えておくべきだったか……。
風も吹いていないので、とにかく暑いのだ。
ここは川と海が近いからまだマシか。
俺は2人に声を掛けることにした。
「暑さでダウンする前に、涼しいところで一息入れたらどうですか?」
2人は露骨にほっとした顔になる。
補佐官は計4名、彼女たちもほっとしたようだ。
ミルが俺に少し疲れたような笑顔をみせた。
「ありがとう、助かるわ。
今日は特に暑いから……スカートの中が蒸れるのよ」
ミルのスカートはミニとまでいかないが、膝上5センチくらいの長さだ。
ロングスカートならともかく、膝下のスカートはかわいくないと力説していたな。
ああ…そういえば転生前の学生時代…。
女子がよくスカートをパタパタさせてたな。
そんな理由があったのか。
俺の学生時代…女子のスカートの長さは、確か膝上ギリギリだったかな…。
こもる熱も多かったろう。
「それなら女性だけで、別の部屋に行って涼んでくるといいですよ」
キアラはロングスカートなので、中の暑さは相当なものだろう。
普段のお澄ましした顔ではなかった。
だらしないとまでいかないが、参っている顔だ。
男の目がないところで、存分にパタパタするといい。
「お兄さま、助かります…少しだけ、涼んできますわ」
そう言って女性陣がそそくさと出て行った。
部屋を涼しくする方法を考えないといけないな。
今日の護衛はラミロか。
護衛は鎧を着ているから、もっと暑いはずだ…。
犬が暑いと舌を出すが…狼人もそうだろう。
だが、護衛なので我慢しているようだ。
俺は苦笑してしまった。
「暑かったら、少し涼んできて良いですよ」
「い、いえ! 護衛の任務から、離れるわけにはいきません!」
俺が涼しいところに避難すれば良いな。
そう思っていると、軍事省の伝令が駆け込んできた。
興奮気味だ…つまりは攻撃があったということだな。
「ご主君、ドリエウスからの攻撃を受けています!」
良かった、ちょうどいいときに仕掛けてくれた。
「ロッシ卿はなんと?」
俺の平然とした態度に、伝令も落ち着いたようだ。
「はっ! そのままお伝えします『待合場所に様子を見に行きますよ』だそうです」
俺は静かにうなずいた。
「分かりました、では戦いの結果が出たら教えてください」
「承知しました!」
そう言い残して伝令は出て行った。
すぐに続報はこないだろう。
早くても明日だな。
ラミロが暑さから気を紛らわせようと口を開いた。
「負けるとは思いませんが…どうなるでしょうか」
その場にいないが、結果はほぼ見えている。
「そうですね、きっと暑いと思いますよ」
俺の返事にラミロは意味不明といった顔をしていた。
「それは、今日は暑いですから…」
いや、戦闘はもう終わっているよ。
距離があるからな。
「明日辺りに報告が来ますよ。
こちらの被害はほぼないと見ています。
それより…ここに来てから一番の暑さですね。
これの対策を考えましょうか…」
いつも俺は戦争のときに神経質になっていた。
だが、今回は平然としている。
そこにラミロは驚いたようだった。
「今回は、戦いの犠牲を気にされていないのですか?」
俺は別に宗旨変えをしたわけではない。
「戦いなら、当然気にします。
ですが、今回は戦いと呼べないでしょうね」
ラミロは詳しく聞きたがったようだ。
しかし、俺に今のところ話す気はない、それを察して黙ったようだ。
俺はこの急な暑さでの病人が出るか、そちらに意識が向いている。
軽い調子でラミロに告げる。
「では、アレンスキー殿の工房にいきましょうか」
オニーシムの工房にいくと、子供たちは暑さでおとなしくしている。
だが、工房全体から独特なアノ匂いがする。
ウオッカだ…。
昼間から飲んでいる…にしてはちょっと違うな。
子供たちもアルコールの匂いで、実は酔っているのではないか…。
ははーん、そうきたか。
ラミロは眉をひそめた。
「なんですか、このウオッカをぶちまけたような匂いは…」
「奥にいけば分かりますよ」
オニーシムの部屋に入る。
部屋でオニーシムは上半身裸になっていた。
そしてウオッカの匂いが充満していた。
匂いの発生源はここだ。
「おうご領主。
今日は暑いな」
「ええ、暑さに耐えきれずにウオッカを体に塗りましたね…」
オニーシムが笑い出した。
「おう、よく分かったな。
ドワーフ秘伝なのだが……。
ご領主相手ならいいか。
知っていても驚かないぞ。
少しべたつくのが難点だ。
でもこの暑さではかなわん。
普段は飲むものだがな」
俺だからってのが非常に気に入らない……。
そんな俺の憤まんをよそに、ラミロは困惑しているようだ。
「ウオッカを体に塗ると涼しくなるのですか?」
「ウオッカではないですが…アルコールを体に塗ると涼しくなります」
「われわれ狼人がやると…あとが大変ですな…」
そう言ってラミロは肩を落とした。
毛がべたついたら、それは地獄だろう。
俺は思わず苦笑する。
「この暑さを解決したいと思いましてね。
相談にきたのですよ」
オニーシムの目が輝いた。
暑さで相当参っているらしい。
「どんな手だ? 協力は惜しまんぞ」
「素焼きの壺を用意してください。
なければ作ってほしいですね。
あと、作物の保存用に2重の壺も…これは後回しでいいです」
古代エジプトや古代インドにあった冷房システム。
蒸発冷却を使用する。
「大きさはどのくらいだね」
「余り大きすぎると、持ち運びが大変でしょう。
そこは数で勝負です」
オニーシムが遠い目をした。
「壺を作るのも暑いのだがね…」
俺は思わず苦笑した。
「そこは仕方ありませんね。
今すぐ使える壺はありますか」
俺の言葉に黙って、オニーシムは部屋の片隅にある壺をのぞいて、中身をぶちまけた。
入っていたのは設計図らしい。
「これでどうだ?」
「結構です。
これに水を入れてください。
あとは放置していれば、勝手に涼しくなりますよ。
壺の数は多ければ多いほど良いです」
そのあと、片っ端から壺の中身をぶちまけて、子供たち総出で水を入れていった。
「すぐに涼しくなりませんが、確実に涼しくなりますよ」
ブーイングが出たが、暑さの余りその声も弱々しい。
徐々に涼しくなったことを体感できて、控えめな歓声が上がった。
エネルギーを爆発させて、また暑くなるのが嫌だったのだろう。
オニーシムは涼しくなりすぎたのか、上半身裸をやめて服を着ていた。
そして、ぼそっとつぶやいた。
「シルヴァーナするのはやめよう。
この手があればもう大丈夫だ」
思わず俺は吹き出した。
暴露しまくったのは先生だな。
これは醜い暴露合戦になる。
俺しーらないっと。
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