218話 目的のためには手段を選ばず

 勝つための手は全て打ち終えた。

 そうなると、その後を考えなくてはいけない。

 

 ドリエウスのケースはかなり特殊なケースだ。

 加えて、プリュタニスがこちらに来ている。

 当然、彼と今後のことは決めておくべきだろう。

 

 俺に呼ばれたプリュタニスが、護衛の2人に伴われてやってきた。

 そして着席してすぐに、身を乗り出してきた。


「アルフレードさま、私を呼ばれたのは勝った後の話をしたいのですよね」


 実に話が早い。


「ええ、今捕虜にしている人間の対処。

まず、ここからプリュタニスの意見を聞きたいのですよ」


 意気投合してから、呼び捨てにしてほしいと…押し切られてしまった。

 俺も呼び捨てにしていいと言ったが、自分が年少なこと、他の人はそう呼んでいないので無理があると断られた。

 確かに…俺を呼び捨てしているのは、ミルとおくりびとシルヴァーナくらいだな。


「つまり、殺す以外の道を考えていると。

ありがたい話ですが、今の時点で服従させられるのは一部でしょうね。

次に勝てば…もう少し増えるでしょう。

ですが、多数を服従させるのは難しいですね」


「プリュタニスは全滅を避けるため、ここにきたのですからね。

可能な限り、その意向は尊重します。

私としても殺さずに済むなら、それに越したことはありません。

無益な殺生は避ける主義ですから。

ドリエウス側の人間でも、生かしておいて支障がない人は助命しますよ」


 プリュタニスは、苦笑を抑えきれないようだった。


「服従させるのは比較的容易です。

ですが、同化は困難が伴います。

われわれの最大の美徳は服従なのですよ。

ラヴェンナ市民のように、自分で考えることは忌避されてきました。

急に美徳を捨て去るのは難しいですね」


 美徳と衝突かぁ…思わず腕組みをする。


「時間を掛けて変えていくしかないでしょう。

それこそ詭弁ですが…自分たちで考えて行動する指示に対して服従しろ、とでも言いますかね」


 プリュタニスが楽しそうに笑い出した。


「ははは、意外とそれで良いかもしれません。

ひどい屁理屈ですけどね。

自分たちに勝った人の屁理屈なら、理屈になりますよ」


「いずれにせよ、いきなり市民の中に放り込むのはまずいでしょう」


 プリュタニスは笑いを収めて、真顔になった。


「そうしないと、変わりませんからね。

そのまま放置していたら、人間同士でずっと固まります。

そこで、捕虜の監視を私に任せてもらえないでしょうか。

現在は完全に人間とだけ接触していますよね。

今から徐々に獣人との接触を増やしていこうと思います。

私が獣人と接していれば、頑迷な預言者派でもない限り、変化を受け入れるでしょう」


 頑迷な人間至上主義を預言者派と呼ぶのか。

 俺は名案を持っていない。

 プリュタニスの案以外に手はなさそうだ。


「分かりました、お任せします」


 プリュタニスは、俺があっさり承諾したことに驚いたようだ。


「良いのですか?」


 言いたいことは分かっている。

 捕虜と結託して、内部かく乱や逃走の可能性を疑わないのか。

 その点を疑わずに、あっさり承諾したことに疑問を覚えたのだろう。

 事前に用意していた想定問答が全部パーになったと。


「ええ、プリュタニスが裏切る心配はしていません。

ドリエウスの社会制度のおかげで、かえって信用ができます」


 獣人との接触すら嫌がるような社会だ。

 そこからラヴェンナのような社会に、潜入はデメリットが大きい。

 体よく利用はされるが、用が済んだら穢れていると言われて除外されるのがオチだ。

 もしかしたら、俺の知らない要素があるのかもしれないが…。

 そのリスクすら恐れていたら、何もできない。

 

「魔帝と噂されるだけのことはあります。

考えなしに任せないでしょう。

さまざまなリスクを計算した上で…その思い切りの良さは正直、感服します」


 おい、王から帝にあがってねぇか?

 ミルとキアラは必死に笑いを堪えている。


 解せぬ…だが、それよりやることがある。

 俺はせきばらいをして、小声で話す。


「その頑迷な預言者派なる人たちは…突如、姿が消えるかも知れませんね」


 プリュタニスは一瞬眉をひそめた。


「ラヴェンナへの忠誠を示せ…と?

種族平等…その目的のためには手段を選びませんか」


 殺せと解釈したか。

 そんな単純なことは益がない。


 目的のためなら手段を選ばないのは正しい。

 だが…目的は達成しただけでは駄目だ。

 それを維持するまでが目的だ。


 マキャベリの言葉は、愚かな行為を選択したときの免罪符に使われているケースが多い。

 マキャベリ本人の真意はそうでないだろう。

 だが、そんな曲解のせいで冷酷な男のイメージを持たれていたな。

 実態は情熱があって愉快な男らしいのだが。


 欲しいものを手に入れるために、手段を選ばない。

 そこまでは正しい。

 だが、盗みなど犯罪に手を染めて入手できたが、結局自分が破滅しては意味がない。


 目的を達しても、その後に破滅や混乱を招くような手段は有効ではない。


 プリュタニスでも説得できないような預言者派は、俺のところにいても持て余すだけだ。

 だが…プリュタニスに元領民を殺させて、彼の元領民への影響力をそいで何の意味があるのか。

 それこそ、今後投降する者が減って無駄な犠牲が増す。

 プリュタニスもそんな用途に使われたのなら、自分の身を守ることを考えるだろう。

 不要なリスクを内部に抱え込むことになる。

 寝返った人たちを先鋒として、元の部族を攻撃させるのとは訳が違うのだ。

 俺の考える有効な手段ではない。


 「そんなことをして、一体どんなメリットがあるのですか?」


 俺の言葉にプリュタニスが腕組みをした。

 俺の話の真意を悟ろうと、頭脳をフル回転させているらしい。

 そして、一つの結論が出たようだ。

 プリュタニスは慎重な様子で口を開いた。


「いなくなった人は気の毒ですね。

戻っても故郷に居場所はないでしょう」


 さすがだな…意図を正しく読んでくれた。


「ええ、ドリエウスの旗色が悪くなれば、人身御供にされかねないですね」


 プリュタニスがうなずいた。

 頰が赤くなっており、興奮しているらしい。


「私はまだまだ未熟なようです。

ですのでアルフレードさまから、いろいろなことを学べそうです。

ですが、一点…いなくなった人が無事に戻れるとは限らない…。

そうではありませんか?」


「ああ、なぜか不思議と巡回が、その日はお休みだったりするのです」


 プリュタニスが笑い出した。


「では、不思議なことが起こりそうな前に、こちらに少し雑談をしにきますよ」


 そう言ってプリュタニスは外を見た

 今は夏真っ盛りだ。

 日中は40度を超えるだろう…。

 だが道中は森林地帯で水もある。

 鍛えている兵士たちなら、無事に帰れるだろう。


「ええ、ぜひそうしてください」


 プリュタニスは苦笑しつつ口を開いた。


「この仕掛けで異名が増えそうですね。

どうせなら、千の名前を持つ男と名乗っては?」


 いらねぇよ! 余計なお世話だよ!

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