217話 現実と理想

 文句を言いに来たはずが、なぜか昔話を聞かされる俺。

 どうしてこうなった…。

 

 俺の内心の困惑をよそに、マガリ性悪婆は目を閉じて口を開いた。


「アタシの息子…リュカはえらく真っすぐに育ってねぇ。

旦那が賊との戦闘中に死んだせいか、父親の遺志を継ぐと鼻息が荒かったのさ。

確かに青臭くて建前にこだわるところが、危なっかしかった。

でも…20にもならない若造だったからね。

将来汚れるにしても…青臭くても良いだろうと好きにさせていたさ」


 理想に燃える若い騎士か…なんともまぶしい限りだな。


「騎士で若いうちから打算的なのは、貴族か成り上がりくらいなものでしょう」

 

 マガリ性悪婆が俺の言葉に、少し冷めた視線を向けた。


「リュカは危険を顧みず、主君や民のためと日夜駆けずり回っていたさ。

一部からは煙たがられたが、アタシの目が光っていたからね。

表だって、リュカの足を引っ張るようなヤツはいなかった」


 マガリ性悪婆は昔からこんな性格で、反面教師として純粋に育ったのか…。

 気がつくとマガリ性悪婆が俺を軽くにらんでいた。


「坊や…どうせ失礼なことを考えていたんだろ」


「何のことやら…被害妄想が強くないですかね」


 マガリ性悪婆がフンと鼻を鳴らした。


「ま、いいさ…騎士は主人を自由には選べない、生まれた土地に縛られる生き物だからね。

そんな逃げられない主君が無能者よ。

絵本にでてくるようなバカでねぇ。

王家の遠縁だったから、だれも無軌道を止められるヤツはいない。

アタシもしょせんは騎士団の幹部だからね、どうにもならんさ」



 緊張感がなければ…バカな権力者は簡単に生まれる。

 

「ここの前の領主と良い勝負なんですかね」


 俺が実際に知っている、無能な領主は一人しかいないからな。


「前のバカは…噂でしか知らないさ。

聞いた限りでは、虚栄心は強かった気がしたね。

アタシらの元主君はそれすらなかったがね…」


 さらに上なのか、グレードが高いな。


「緊張感がなければ、無能は加速しますからね。

崖から落ちるか、壁にぶつかるまでは」


 マガリ性悪婆がゆがんだ笑いを浮かべた。


「そんな言い方は、せめて中年になってから言うもんだね。

坊やはなぜか違和感がないから、17歳には見られないのさ。

ともかく…アタシらがいたところはひどくてね。

賊が多かったのさ」


 内政がまともに機能してなければ、賊が増えるだろう。


「騎士団が取り締まっても増え続けたのですか」


「面白いことに…騎士団が現場に着く頃にはいないのさ。

騎士団の到着に時間がかかる場所を襲っていたね。

坊やなら、理由は分かるだろう」


 謎でも何でもないだろう。


「騎士団に内通者がいるか、領主と裏でつながっているかですね」


「簡単すぎたかねぇ、そう…領主とつながっていたんだよ。

無能だったが、尻尾を振る先には敏感でね…。

王家と縁続きをアピールするため、統治方法も王家直轄領に合わせていたのさ。

ところが、王家は首都があって税率が低くても余裕がある。

そうでない領地だと赤字ではないが…贅沢はできないさね」


 ベタすぎて何の感慨も湧かない。


「話が浅すぎて興ざめしますね。

賊の稼ぎをピンハネしているのでしょう」


「アタリはついていたが証拠はない…というより領主の近辺は捜査できない。

そのことをリュカに臭わせると、真っすぐに領主に詰め寄るのが目に見えていたからね。

そのことは知らせずにいたさ」


 そもそも騎士にそんな犯罪調査は不向きだろう。

 能力の問題ではない。

 組織的に適正がないだけだ。


「騎士は基本、敵と戦う者ですからね。

犯罪捜査は向かないでしょう。

プランケット殿は別でしょうが」


「ま、そこは否定しないがね…。

リュカは義憤に駆られて、民の窮状を放置できなかった。

ところが戦う以外は不得手だからね。

できることと言えば、可能な限り急いで駆けつけるだけさ」


「それだけで満足するとは思えません。

他に何をしたのですか?」


「被害が大きい村があってね、そこの復興の手伝いを始めたのさ。

そのうちリュカはすっかり情が移ってしまってね。

アタシは肩入れしすぎるなとは言った。

ところが、民を守れない上に見捨てることはできないと言い張ってね。

現実を教えても、理想が勝つ。

だからリュカの好きなようにさせたよ」


「それで、落ち着いたのですか?」


 マガリ性悪婆が重苦しいため息をついた。


「気を紛らわせることはできたさね。

そんなときに領主が欲をかきすぎて、騒ぎが起きたのさ」


 余りに馬鹿馬鹿しさに、俺の口調も素っ気なくなる。


「ピンハネの額を倍増でもしましたか」


 マガリ性悪婆が笑いだした。


「甘いね…三倍だよ。

領主が夢中になった未亡人がいてね。

その女に貢ぐ宝石を買うための金策さ。

金貨100枚はくだらない、豪華なものを贈るつもりだったみたいだね」


 余計ひどかったが、想定内の動機だ…あきれはするが驚くには値しない。


「賊からすれば、リスクとリターンが釣り合わないでしょう」


 賊も人間だ、つまり食うために襲撃をしている。

 マガリ性悪婆が笑いを止めて無表情になった。


「そうしたら、領主が騎士団を派遣して討伐を臭わせたのさ」


 どれだけの期間、ピンハネをしていたのか謎だが…。

 長く続いたら賊の勢力が増して制御不可能になるぞ。


「賊の勢力は鎮圧可能な規模ですか?」


「可能と言えば可能だが…こっちの被害もバカにならないね。

それで賊がブチ切れてね。

払っても大損、払わなくても討伐だからね。

もはやこれまで…とやけになって、今までの領主とのつながりをバラしたのさ。

当然…民衆は激怒して、各地で反乱祭り。

その混乱に乗じて、賊が領主の館を襲撃してきたんだよ。

なかなか知恵が回るじゃないか」


 狙ったのか、ヤケクソが生んだ偶然かは不明だがな…。


「賊の撃退はできたのでしょう。」


 マガリ性悪婆は静かにうなずいた。


「ただ…リュカが入れ込んでいた村に問題がでた。

騎士が入れ込んでいたその村は、領主とつながっていると噂が広まってね。

暴徒たちに襲撃されたのさ。

リュカは真っ先に出て行こうとしたが、まずは主君を守るのが先だと言って止めたよ。

領主の館が攻撃を受けているのに、一つの村を優先しては駄目だと言ってね」


 確かに…勝手な個人的感情で優先順位は決められない。


「リュカさんはどこまで我慢できたのですか?」


 マガリ性悪婆が静かに目をつむった。

 いつもの嫌な婆ではなく、そのときだけは疲れ切ったただの老婆だった。


「賊を撃退するところまでは我慢していた。

団長は村に今から駆けつけても間に合わないと考えた。

それは当然の判断さ。

騎士団としては可能な限り、多くの民を救うと決めたよ。

冷たいようだが、騒動が大きくなったら数で判断することになる」


 マガリ性悪婆は数と言ったときに、目を開いて俺を見た。

 そして再び目をつむって口を開いた。


「領主は自分を守れと騒いだが…襲撃を返り討ちにした。

領主の安全確保は、館の護衛だけで十分だったからね。

当然ガン無視さ。

リュカは…我慢できずに一人で出て行ったね」


 理想に燃えて、情まで移っていたら見捨てるのは無理だろう。

 理屈で押さえ込んでいたら、かえって暴発してしまったか。


「結局間に合ったのですか?」


「そのあとで、アタシは追いかけたさ。

一人息子を死なせたくないからね。

アタシが村に着いたときには、多くの人が殺されていたが…暴徒はいなかった。

リュカ一人で完全ではないが、村を守ることはできたよ。

バカな話だがね…リュカを殺したのを見た暴徒が、急にわれに返って逃げ散ったのさ。

アタシが着いたときにはもう事切れてたんだよ」


 正直、否定も肯定もしようがない。


「そうですか…そのあとは?」


 そう聞くのがやっとだった。

 マガリ性悪婆が興味深そうに俺を見ていた。


「やはり、坊やは面白いね。

その歳の坊やなら普通は、同情か義憤だよ。

もしくは完全な無関心か、自分を利口に見せようとしてバカにするか。

坊やのはどれでもないね」


 困ったな…俺は肩をすくめるしかできない。


「私にリュカさんの行動の是非を論じる資格はありませんからね。

結局…プランケット殿は村人の生き残りを連れて、ここに流れてきたのですか」


「そう、息子を殺したヤツらを守るほど、アタシは人間できちゃいないよ。

復讐もリュカの遺志に反する…まったく困ったものだ。

アタシに残された生きがいは、リュカが守ろうとした連中の面倒を見るだけさ」


 なるほどね…大事なのはこの話をした理由だろう。

 察しはつくんだけどね…。


「それで、なぜ私にリュカさんのことを話したのですか?」


「分かっていてとぼけるんじゃないよ。

リュカのように情が移ると…肝心なときにしくじるよ。

リュカを失って、取り返しがつかないのはアタシ一人だ。

だが、アンタがコケたら皆は破滅だよ」


 やれやれ、マガリ性悪婆にまで心配されるとは、俺もヤキが回ったな。


「確かに…情が移ると判断を誤るでしょうね。

ですが異種族平等を達成するには、私が範を示さないと駄目なのですよ」


「アンタがバカ殿だったら、ただの親しみやすい領主で済むんだけどね。

大体の物事を見事に解決するからタチがわるい。

だがね、人口が5000を超えるのはすぐそこだ。

そろそろ坊やの視点を一段高くする、そんな段階じゃないかね」


 今で人口は4000弱。

 5000はすぐ到達するだろうな。

 マガリ性悪婆の言うこともよく分かる。

 何時かはそうしなければと思っている。


「それは、少しだけ待ってほしいのですよ。

昨日の爆弾のおかげで、私に依存しきりになるまで少し猶予ができましたからね」


「その少しってのはいつまでだね」


「奥の魔族の件が片付いたら…ですね。

タイミング的にはそこでしょう」


 マガリ性悪婆はため息をついた。


「仕方ないね、そこからはちゃんと切り替えるんだよ」


「ええ、私も破滅したくないですから。

いささか不本意ですが、お礼を言っておきます」


 マガリ性悪婆はフンと鼻を鳴らした。


「感謝するなら、アーデルヘイトを抱いてやっておくれよ。

あの子は坊やにホの字だよ。

心底から喜んで抱かれるさ」


 いい加減諦めようや…。

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