208話 噛み合わない主義主張

 こっそり聞かせる話をキアラはすぐにしたがったが、俺はストップを掛けた。

 この話はクリームヒルトの一団が到着してからと釘を刺しておく。


 この仕掛けで移住しようとする一団に危険が迫ってはいけない。

 不信感を持たれるような行為は厳禁だ。

 奇策やトリックを実行する場合は、しっかりした足場に立たないと痛い目に遭う。

 

 策士策におぼれるってやつだ。


 俺はそんな天才でないからあくまで基本は手堅く行く。


 それ以外の決定事項は粛々と進めている。

 人間の捕虜は従順に開墾などの農作業に従事している。

 強固な主義主張を持っていて、無理を押し通せば飢え死にしてまで貫き通すかもしれない。

 そうしなくていいように、無理難題をこちらは要求していない。

 彼らからしてもある程度は、納得ができる理由で働かせているからだ。

 そして、捕虜に接するのは人間に限っている。

 

 労働力になってもらう必要があるので、不必要に刺激をすることはない。

 それだけでなく屈辱のあまり自暴自棄になった捕虜に、監視役の獣人が危害を加えられる可能性まであるからだ。

 


 そんな1日の終わりに俺とミルが部屋でのんびりしていると、キアラがやってきた。

 ミルがどうしても、俺を占有したいときはキアラが察して部屋に来ない。

 2人だけの合図でもあるようだ。

 まあ、喧嘩しないなら俺は構わないけどさ。


 3人で他愛もない話をしていると、捕虜の労働のことに話題が移った。

 ミルはあきれたような……感心したようなどっちともつかない顔をする。


「ほんとアルって相手が動かないと、駄目な状況に追い込むの得意よね」


 ひどい言われようだ。


「得意かどうかは知らないけど……不必要に相手を追い込んでも仕方ないさ。

復讐が目的じゃないからな。

少しの小細工で思った通りに動いてくれるなら、手を惜しむ必要はないだろ」


「ここまで獣人たちと断絶するのを認めてるのは、アルはあの人たちが将来的にも仲間にならないと思っているのね?」


 俺は苦笑するしかなかった。


「無理だろうね、思想が極端すぎる」


「じゃあどうするの?」


 俺は両手を上げて降参のポーズを取る。


「正直お手上げだよ。

最悪は彼らを全滅させることにもなるね。

しなくて済むならいいけどさ」


 ミルがちょっと悲しそうな顔をした。


「共存も無理よね。

あんな主張だと」


「今までただ、慣習で差別をしていて獣人に対して明確な差別意識は持ってない。

生死に関わる事態になって考え直してくれる。

そうなれば理想的だな」


 キアラは俺を見てため息をついた。


「お兄さまはそうなるとは思ってないのですよね。」


 俺は処置なしといった顔で肩をすくめた。


「暴力が常識で生きてきた人は、自分が弱くなると暴力におびえる。

差別が常識で生きてきた人は、自分が弱い立場になると差別におびえる。

むしろ差別されたほうが彼らは納得できてしまうからね」


 ミルとキアラは顔を見合わせた。


 ミルが俺に「ちゃんと説明してよ」と言わんばかりの顔をする。

 仕方がないな、人の心の世界なのだがな。

 ちょっと苦笑気味に口を開く


「差別をしてる人の価値観は差別が元につくられるよ。

誰が誰を差別するか、それなら理解もできて順応もできるからね。

平等は彼らにしてみれば理解できない不気味なものさ」


 ミルはなんとなく理解したような顔になった。


「なんか悲しい価値観ね」


 実はそうでもないのだがね。

 俺は首を振った。


「彼らはそれが自然なのさ。

彼らからすれば俺たちは上下の差を決められずに、なれ合いしかできない哀れなやつらと思うだろうね」


 ミルがお手上げといった顔になった。


「話がかみ合わないのね……」


「言葉は通じるけどね……話はかみ合わないままだな」


「もしかして……今までが幸運だったのかな?」


 俺はなんとも言いがたい顔をした。


「あそこまで純粋な人間至上主義は珍しいよ。

それこそ、使徒に目をつけられたらたたきつぶされる」


 ミルは意外といった顔になった。


「そんなことをするの?」


 第5の印象が強すぎてそうは思えないのかな。


「使徒は表向き平等や正しいと言う言葉が好きだからね、他人からよく思われたがる。

小さな子供が世の中を治めていると思えばいいよ」


 ミルとキアラは俺の見解に納得したようだ。

 話が使徒にずれてしまった。

 2人とも因縁があるから、話が出るとどうしても感情的に引きずられてしまう。

 話を戻さないとな…。


「話を戻すと、もしかしたら彼らは宗旨変えして現実的になるかもしれんが……期待をするのは難しいな。

その低確率に期待して皆を危険にさらすわけにはいかないのさ」


 キアラは将来的な話が気になったようだ。


「ドリエウスはどうすると見ていますの?」


「まだ多くは分からない……可能性はいくつかあるのさ。

一番いいケースは、獣人たちを抑えきれなくなって逃げ出す。

普通のケースは強引に獣人を押さえ込んで攻撃まで移る余力がない。

最悪のケースは……」


 俺が言葉を止めたことにキアラはけげんな顔になる。


「最悪は何か言いにくい話ですの?」


 言いにくいと言うか……いろいろと大変な話なんだよな。

 だが伝えてはおくか。

 気乗りしない様子で俺は口を開く。


「魔族と連携する。

魔族に前の戦いで戦死した指揮官の敵討ち、これを名目に俺たちを攻撃させる」


 キアラはそれの何が俺の口を止めたのか、分からないようだ。


「それは想定できる話ですけど……。

お兄さまは何を憂いているのですか?」


「クリームヒルトの部族がちょうどきた直後です」


 キアラははっと気がついたようだ。


「ああっ! 不出来な妹で申し訳ありません」


 俺は苦笑して手を振った。

 大げさすぎるよ。


「いや、謝る必要はないさ。

クリームヒルトはともかく、移住した直後に敵視されている魔族からの攻撃があれば?

一族に不満や不安がたまって社会不安定の元になる。

俺たちは中の不安定と外からの攻撃……それらと同時に戦わなくてはいけなくなる。

それこそ移住してきた魔族に、被害者意識なんかを持たれては厄介だ。

そうなったら相互不信が加速する。

さらに敵となる魔族の兵力は分からないけど、こっちも面倒なことになる。

相手の情報がない状態での戦闘だからね。」


ミルが天を仰いだ。


「最悪のケースにならないようにさせる手はあるの?」


「何もしなければそうなる可能性はある。

だから一手打つ必要があるね。

それがこっそり聞かせる話に関係するのさ。」


ミルとキアラの頭に疑問符が出たようだ。


俺は緊張感のないあくびをした。


「それはクリームヒルトがついてから教えるよ。

最悪のケースはあまり心配しなくてもいいさ。

相手が理性を失うまで追い込んでいないからね。」

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