207話 働かざる者食うべからず

 翌日の代表者会議上で捕虜の扱いと、ドリエウスへの対処を検討することになった。

 捕虜から直接的には情報は得られなかったが、反応から俺の推測が的中していたことは確証が得られたらしい。

 顔を紅潮させたキアラが一連の情報を報告する。


「お兄さまの予想通りでしたわ」


 少し興奮状態のキアラ。

 思わず苦笑してしまったが…。

 複数の可能性から事実と合致しないことを消していっただけだ。

 俺が最初からこの事実を知っていた、そんな誤解をされては困るぞ。

 俺は超能力者じゃないし。


 チャールズが俺の判断を求める感じでこちらを見た。


「御主君、どうされますかな?」


 正直できることは少ない。


「獣人の捕虜を市民として受け入れる話は、先ほどキアラが述べた危険性があるので認められません。

問題は…人間の捕虜ですね」


 チャールズもちょっと持て余し気味なのだろう。

 難しい顔をして腕組みをしている。


「見捨てられてもまだ、ドリエウスに忠誠を誓っているのですかなぁ。

見上げた忠誠心ですが…」


 そうではないな。

 俺は思わず苦笑してしまった。


「いえ、恐怖でしょうね。

今まで自分たちがしたことを思い出して、報復を恐れていますよ。

そして長年の慣習から獣人たちと同等になるわけにもいかない。

結局、一番明るい希望にすがるしかないわけですから」


 チャールズはもっとはっきり言ってくれと言わんばかりの表情になった。


「希望ですか?」


「ええ、捕虜の彼らにとって一番都合のいい未来です。

つまり、ドリエウスがわれわれを滅ぼして捕虜を救出。

そして過去はなかったことにして元通りになる」


 チャールズがあきれ顔になった。


「都合のいい未来ですなぁ。」


「それが彼らにとって、一番考えやすい未来ですから」


バビロン捕囚のユダヤ人のように、救世主伝説に救いを求めるのと同じ心理だな。


「では、どうされますか?

情報も得られない。

タダ飯食らいとあっては扱いに困りますな」


 ウンベルト・オレンゴがタダ飯食らいと聞いてため息をつく。


「今はまだ平気ですが…。

この先、短期間で多くの部族に移住されると頭の痛い話になります。

それこそ突発的に、大量の移民を受け入れるような事態が発生した場合…食糧供給が破綻しかねません」


 約300人分の食は馬鹿にはならない。

 余裕は持たせるように手配はしているが…。

 その余裕を使い切る事態が発生しては目も当てられない。


「では、タダ飯食らいから卒業してもらいますか」


 俺の漏らした言葉に一同が注目する。

 そんな大した話じゃないよ…一応説明をするか。


「ああ、農地の開墾とかを捕虜の方たちにやってもらいましょう。

勿論監視はつけますがね」


 ミルはちょっと疑問に思うことがあるようだ。

 俺を見て口を開いた。


「彼らが嫌がったらどうするの?」


 当然そうなると話は決まってくる。

 俺は肩をすくめた。


「働かざる者食うべからず…ですよ」


 ミルが少し引きつった顔になった。


「つまり、食事抜きになるのね…」


 俺は爽やかに笑った。


「約300人の労働力ですよ。

ありがたいと思いませんかね?

ああ、もし農具を武器として反抗したら…彼らは相応の結果を迎えるでしょうね」


 ミルは少しため息をついたが、タダ飯食らいを解決する案もないのだろう。

 強制労働をさせるのは嫌だが、かといって他の人の負担を増すのも良くないとは理解してるようだ。

 素直にうなずいた。


「まあ、仕方ないわね…」


 チャールズが身を乗り出した。


「では…ある程度細かいグループにして働いてもらいますか。」


 俺としても異論はないのでうなずいた。

 そのまま部下に丸投げをすべく口を開く。


「そのあたりの監視体制を含めて、ロッシ卿とオレンゴ殿で詳細を詰めてください。

あと…、彼らの間で病気がまん延されても困りますからね。

適度に入浴もさせてください。

指針としては人として生きていく上で最低限のことは保証します。

それ以外は認められませんがね」


 妥当なところだろうといった感じで、チャールズがうなずいた。



「御主君、捕虜はそれでいいとしてドリエウスに対してはどう対処しますかね」


「こちらから攻めるにしても距離があるのと…兵数が足りません。

彼らとしても時間がほしいでしょうね。

ただし…こちらも時間がほしいことは同じです」


「ドリエウスに態勢を立て直す時間を与えるのですかな?」


 俺はちょっと意地悪な笑みを浮かべる。


「あちらは戦力の回復には相当時間が掛かりますよ。

こちらは他の部族に対しての合流を呼びかけましょう。

そうなれば戦力差は逆転させることができます。

ドリエウスから獣人を引き剝がせば、こちらが優位に立てます」


 騎兵の育成は時間が掛かる。

 子供の頃から教育していたにしても…だ。

 そして200頭以上の馬を失ったことも大打撃のはずだ。


 キアラが自分の出番かと身を乗り出した。


「ドリエウスの獣人たちに何か吹き込むのですか?」


「ええ、まずわれわれの市民になりたがっている捕虜に対してはドリエウスが健在な限りは受け入れられないことを伝えます。

理由もなく断っていたら彼らも不安に感じるでしょう。」


「どうすれば受け入れられるかと…聞かれたらどうしますの?」


「条件としては獣人たちが、ドリエウスの傘下から離れたらですね」


 キアラはこの単語にピンと来なかったようだ。


「傘下から離れるですか?

捕虜たちはもう離れようとしていると思いますわ」


「いえ、彼らだけでは不足ですよ。

必要なのは一族全てです。

そこまですればドリエウスとは別個の勢力として見なすことができます。

現状で受け入れた場合…仮にドリエウスが自分の街にいる獣人の一族を人質にとって何かを強要させたらどうなりますか?」


 キアラが眉をひそめた。


「確かに…ちょっと面倒ですわね。

でも…ドリエウスはそんな指示をどうやって伝えるのですか?」


 皆も同じ疑問を持ったようだ。

 存在を忘れているのか。


「使い魔ですよ。

今でもその方法でドリエウスと連絡している人がいても不思議ではないでしょう」


 キアラがしまったといった顔になった。

 そしてシュンとしてしまった。


「うかつでしたわ…。

お兄さま学1級への道は遠いです…」


 まて、ランクまでつけるな。

 ミルが首をかしげて俺を見た。


「でも、使い魔って基本1体のみの契約よね。

多数の獣人に対して契約は結べるの?

できたとしても…小型の動物なら魔力もそこまで必要ないけど…獣人なら必要な魔力は大きいはずよ」


 いい質問だな。

 そう、使い魔の契約は相手の大きさ、つまりは内包する魔力量によって難易度が変わる。

 使い魔として魔力のパイプをねじ込むからな。

 俺が答えようとすると先生が何かに気がついた顔になった。


「ああ…そう言うことか。」


 先生も気がついたか。

 使者として現地を見てきただけのことはある。


「ええ、そうですよ」


 この無言のやりとりにミルとキアラが少し頰を膨らませた。

 そしてキアラが身を乗り出した。


「詳しく説明をしてください!」


 そんな力まなくても。

 俺は先生に視線を送ると、仕方ないなといった感じでうなずかれた。


「どうして少数の人間で多くの獣人を支配できるか。

獣人の動向を知ってないと非効率的だ。

そしてあっちの魔法使いは一人じゃない。

魔法使いたちが、それぞれの担当とする獣人を使い魔にして監視している。

つまり…今回の捕虜の中にそれが紛れていても不思議じゃない」


 俺は正解といったようにうなずいた。


「さらに付け足すと…ロッシ卿が宣戦布告をしに来た猫人も捕まえているじゃないですか。

確実に一人はいる計算ですね」


 俺以外の全員がため息をついた。

 俺はせきばらいをしてから口を開いた。


「獣人の捕虜たちにはまだ使い魔の話は伝えません。

代わりにあることをこっそり聞かせてあげてください。

そして監視体制が漏れると、ドリエウスに少数の騎兵での急襲チャンスを与えかねません。

獣人はタダ飯食らいのままですね。

獣人からしても、今まで自分たちを抑圧していた人間が働かされて、自分たちは何もしなくていいとなれば不満も爆発しないでしょう」


 そして俺はこっそり聞かせる内容を説明する。


 俺の話に一同はあきれたようだ。

 そこにめったに発言しないデスピナさんが口を開いた。


「大魔王じゃないと…娘に言い聞かせるのに自信がなくなってきました…」


 一同はそれを聞いて爆笑。

 デスピナさんは先日のアルシノエの大魔王発言を気にしていたようだが…そもそも大魔王じゃねーから!

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