197話 移民も多ければいい訳ではない
祝勝会の前の葬儀は粛々と進んでいった。
最初は犠牲者の名前を読み上げようかと思ったが、今後犠牲者が増えたときに全員の名前を読み上げきれないので止めることにした。
一度読んでいて、数が増えたから以降やりませんってのは悪手だ。
代わりに墓地に、戦死者名を記した石碑を建てることにした。
前の戦いにさかのぼって、複数石碑を作るように依頼した。
そのあとの戦勝会は何というか…はじけていた。
これで、団結が増すなら良いのだけどね。
皆に押し切られて戦勝会は3日間となってしまった。
何か長くね?
祝勝会の中にいると、落ち着いて考えができないので執務室にこもる。
ミルとキアラは俺が出ないなら行かないといったが、俺の代わりに出てもらった。
どっちが出るのかは、2人で相談して交互に出ることで決着したらしい。
俺の出席は最低限にしたい。
もともとこの手のバカ騒ぎを見るのは好きだが、中心にいるのは苦手なタイプだ。
俺の立場では、見るだけでは済まない。
それに先のことを考えるのが大事だと思っている。
宣戦布告をされているから、これの決着も必要だ。
確かに無理をすれば一気に敵をつぶせる。
だが、それは全ての想定がうまくいった場合のみ。
なのでいったん兵を引いて態勢を立て直す。
しくじったら、こっちは壊滅する。
現在の動かせる兵力は500、どう考えても今は動けない。
敵が魔族と連携されるとヤバイのだが、そこは余り心配してない。
内部で責任のなすりつけ合いになるか、人間以外で戦ったために負けたなんて話も出るだろう。
下手をすれば、獣人への弾圧を強めて反発が出る可能性まで有る。
この件は後回しでもいいだろう。
それ以外にも視点を変えないといけない。
この地方には他の部族はまだ複数はいたはずだ。
それがこの結果を知ってどうなるか。
少しチョッカイを出してみるか。
アプローチをされて動くこともありえる。
受け身ばかりでは、タイミングを逃しかねない。
考え込んでいると、珍しくジラルドがやって来た。
「どうしました?
祝勝会を楽しんでいて良いのですよ」
ジラルドが目を細めて苦笑した。
「ええ、妻も初めて種族を気にしなくても良い祭りで、年がいもなくハシャいでいます。
娘も友達ができて、皆とハシャギ回ってますよ。
子供の体力はすごいですね…」
お祭り騒ぎでの子供の体力はすごいからな…。
俺もそれを想像して笑った。
「なおさら、一緒にいてあげた方が良いのではないですか?」
「この年になると、あのテンションにはたまに付いていけなくなります」
ジラルドは真面目な表情になった。
「リタイア組の移住が結構多いのですよ」
そんなに移住したがっていたのか?
「何人ほどですか?」
ジラルドはちょっとだけためらっていたが俺に向き直った。
「90名ほどですね」
「随分な数ですね、誰かがまとめたのでしょうかね」
それはないと、ジラルドが首を横に振った。
「いいえ、各地で飢饉が有ったので、生活が苦しかったけど移住も怖いと」
よく分かる人間心理に苦笑し、俺は腕組みした。
「なるほど、ギルドの支部もできたので、ここに来ても大丈夫とふんだわけですね」
個別にもっと早く来てくれれば良いのにといった感じでジラルドは苦笑した。
「ええ、あとはこの町の待遇も知られていますからね。
もともと興味は結構持っていたようです」
「分かりました。
90名は受け入れましょう。
以降の移住の呼びかけは中止した方がいいでしょうね」
全員の受け入れが通ったことと、中止に対して俺の意図が読めなくなったジラルドが首をかしげた。
「といいますと?」
「素行不良だったり、ギャンブルで身を滅ぼした。
そんな人たちがここに逃げ込めば良い程度の思いで来られても困るのです」
「ああ、少数なら管理できるけど……」
「その通りです。
大勢になったら手が回らなくなって大変ですから」
「承知しました。
では、シルヴァーナにも中止するように伝えましょう」
「お願いします。
問題のない人なら歓迎なのですけどね、こればっかりは来てみないと分かりませんからね」
問題まみれの俺を労わるような目で見てジラルドが苦笑した。
「苦労が絶えませんな」
「全くです。
なので頭痛のタネはできるだけ除外したいのですよ」
ジラルドが退出したあとで、また考え込んでしまった。
訓練はできるが、戦力にはならないしなぁ…。
今日はお留守番役のミルが俺の隣に寄ってきた。
「90人って大変なの?」
「ローザさん1人でフォローするには多いですね」
ミルはちょっと考えたポーズを取って、その後ウインクした。
「移民省に、リタイア組で使えそうな人を入れればいいのよ。
基本的にローザさんの手から離せばいいんじゃないかな。
何か有れば相談する程度で」
ああ、そうだった。
また、何でも個人に任せるように考えてた。
バツが悪くなって、思わず頭をかいた。
「その通りです。
ついつい、1人に仕事を集中させる癖がついていますね…」
困った人ねとでも言いたそうな感じで、ミルが苦笑した。
「先のことを考えすぎて、余り足元に目がいかなくなった?」
どうにもこれは分が悪いと俺は肩をすくめた。
「返す言葉もない。
でも助かりました。ありがとう」
ミルがニッコリ笑った。
「どういたしまして。
たまには気分転換したら?」
「気分転換ですか?」
ミルがさらに身を乗り出した。
「祝勝会、みんなに聞かれるのよ。
アルはこないのかって」
「それ、気分転換じゃないと思いますが……」
「はいはい、いいから。
ちゃんと夫婦で前に出ないと駄目なのよ! 不仲説なんて出たらどうするのよ!」
反論の言葉を封じられて、俺は人混みの中に引きずり出されたのであった。
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