196話 極秘の指示書

 ともかく、話題を変えるか。


「ロッシ卿、敵の騎兵の行方は不明ですよね」


「ええ、なので砦には平時の人数を残してあります。

順次交代はしますが」


「ええ、それで結構です。

その他には何か有りますか?」


 若干引っかかることが有るのか、チャールズが腕を組んだ。


「討ち取った敵の中で、魔族の指揮官らしき女性がいました」


 想定された可能性だな。


「指揮官ですか?」


「ええ、身なりも良かったですしね。

魔族はその人1人だけでしたな」


「敵の死者はどうしましたか?」


「埋葬したかったのですがね、そんな余力も有りませんでしたな」


 そこまで望むのは無理筋だ。

 俺はうなずいた。


「ええ、仕方ないですからね。

魔族の使いが引き取りに来たら、邪魔はしないであげてください」


「ええ、攻撃してこない限りはと指示してあります」


 これは魔族との衝突も最悪想定しないと駄目だな。


「怪我人の治療についてですが……。

バイアで治療を。

家族がいれば一緒にいさせてあげてください」


「承知しました。

戦死者への葬儀は最初に行いましょう。

戦勝式のあとだと遺体の状態が悪くなりますから」


「ええ、勿論です。

今回の弔辞は私とロッシ卿、オラシオ殿は負傷しているので代理を誰か」


「そこらは、こちらで決めておきますよ」


「そちらから何もなければ、もう結構ですので休んでください」


 楽しそうにチャールズがニヤリと笑った。


「ええ、そうさせてもらいますよ。

人生でまさか4倍の敵と戦って、勝つなんて夢にも思いませんでしたよ」


 そりゃそうだ。


「相手は獣人を兵士として使っていませんからね。

兵数をそのまま数えられないと思いますよ。

4倍ではないでしょう。

せいぜい2倍ですよ」


「それでもとんでもない話ではありますがね……。

では失礼」


 退出しようとするチャールズを、キアラが呼び止めた。


「ロッシさん、待ってください」


「キアラ嬢、何か?」


 奇妙な使命感に包まれたキアラが身を乗り出した。


「はい、お兄さまがロッシさんに戦闘後に出した指示書です。

ずっと気になっていましたの。

何て書いてありましたの?

とんでもなく未来を見通しているようなので、お兄さま学の第一人者としては知る必要が有ります!」


 だからその学問はやめようよ。

 ミルまで気になっていたらしく、大変乗り気だった。


「私にも見せてください!」


 チャールズがあきれたように俺を見た。


「ご主君、奥方やキアラ嬢に言ってないのですか?」


 俺は澄ました顔で言った。


「機密情報ですからね」


 あとは知らんぞとばかりにチャールズが苦笑した。

 懐から封が切られた指示書を取り出した。


「説明するより見た方がいいでしょうな」


 キアラが走り寄ってひったくるように奪うと硬直した。

 ミルもそれを見て硬直。

 2人でヒソヒソ話をして、太陽にすかしてみたり片目で見たりしていた。

 ドッキリを成功させた子供のように、チャールズが笑いだした。


「正真正銘ですよ」


 10秒ほどミルとキアラは固まっていたが、声をそろえて言った。


『『ええええええええええええ』』


 おいおい、そんなことで驚くなよ。


「そんな驚くことでもないでしょう」


 だまされたとばかりに、キアラが憤慨している。


「お兄さま! だって白紙とか、全部任せているとか……言わなかったじゃないですか!」


 ただのドッキリではないのだが。


「ロッシ卿には、いろいろ言葉で伝えるよりも効果が有ると思いましたからね」


 楽しい過去を思い出したのか、チャールズもようやく笑いが収まったようだ。


「私もオラシオ殿と見たとき10秒ほど硬直しましたよ。

そのあと2人で大笑いしましたが」


 チャールズがニヤニヤしながら、その指示書をキアラの手から受け取った。


「部下たちに話す酒の肴なんですからね、お渡しできませんよ」


 そう言って、チャールズが指示書をヒラヒラさせて出て言った。


 俺が奇麗にまとめることにした。


「つまり、全部任せてある。

そういうことです」


 はっと気が付くと。


 2人にジト目でにらまれていた。

 俺、そんな悪いことはしてないだろ!

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