195話 条件反射

 それから数日後、チャールズが帰還してきた。

 事後処置について報告は後で受けるが、ひとまずは出迎えることとする。


 町は興奮状態、元気なのはいいのだがね。

 それで無敵信仰なんてした揚げ句、計画もなく戦うようになっては困るのだ。


「ご苦労さま。

敵の数が多くて大変だったでしょう」


 チャールズがニヤリと笑った。


「いえいえ、私は全体を見ていただけですからな」


 と言って後ろの獣人たちを見やった。


「主役たちが頑張ってくれましたよ。

彼らの勝利です」


 俺はチャールズと並んで彼らを見て一礼した。


「皆を守ってくださって……ありがとうございました」


 なぜか獣人たちから歓声が上がった。

 いや……何かちがわね?

 いいけどさ。


 ああ、そうか敬礼とか決めていないからか。

 リアクションったらそれくらいだもんな。

 俺は続けて口を開く。


「皆さんは、簡単な手続きを済ませたら家に帰って休んでください」


 いきなり、はい解散とはいかない。

 死傷者の確認など、もろもろ俺たちの方でやることが有るからだ。


 とはいえ、早く帰りたいだろうから、最低限の手続きにしておく。

 全力で戦ったせいで、今は動けるのがせいぜい騎士団だけだ。

 とにかく休養が最優先となる。

 細かいことは後で個別に確認すればいいだろう。

 軍隊組織もまだ原始的だからな。


「ロッシ卿は落ち着いたら、報告に来てください」


「承知しました」


 町はお祭り状態になっている。

 警察組織もできたばかりだし、ここが最初の本番だろうな。

 なにがしかのトラブルは起こる。


 皆がこんな盛り上がっているときは愛想笑いでも必要だ。

 こんな場は苦手なんだけどなぁ……。

 そうも言っていられないのが悲しい所だ。


 屋敷に戻って一息つく。

 本当に疲れた。

 そんな俺を見たキアラが俺にお茶を持ってきてくれた。


「イザボーさんのおかげで手に入ったハーブティーですわ。

リラックスできますの」


 キアラに笑いかける。


「ああ、ありがとう。

皆にも入れてあげてください」


「ええ、わかりましたわ」


 一息ついてから、ミルが俺に質問をしてきた。


「アル、ロッシさんに追撃を指示しなかったのね?」


 俺は無言で笑って肩をすくめた。

 ミルとキアラはお互いに顔を見合わせて疑問符を頭につけている。


                  ◆◇◆◇◆


 少ししてからチャールズが、平服に着替えてやってきた。

 ふだんから、俺への会見は平服でいいと通知してあるからだ。

 露出が極端に高いものは駄目と念押ししたら、誰か1人が視線を背けたが。


 風呂にも入ってサッパリしたらしい。


「ご主君、お待たせしました」


「いえいえ、キアラ。

ロッシ卿にもお茶を」


「はい、お兄さま」


 チャールズが出された茶に口をつけて、上機嫌な顔になった。


「ほう、なかなかいけるものですな」


 俺は本題に入ることにした。


「さて、今後をどう見ます?」


 思案顔でチャールズがアゴに手を当てた。


「半数の騎兵は逃しましたがね、戦闘継続は難しいでしょうな。

われわれの対策に手を打てない限りはですが」


 その見解は一致したので俺はうなずいた。


「獣人の歩兵もほぼ壊滅しましたし、すぐには立て直せないでしょうね」


「次にまた獣人がきたらどう対策しますかね」


「既にタネはまいていますよ」


 何か企んだのか……と言わんばかりに、チャールズの目が細くなった。


「ほう、気が付きませんでしたな。

何ですか、その悪辣なタネは」


 悪辣とかひどい話だ。

 とはいえ、俺の顔は悪戯小僧のそれだったろう。


「伏兵からの連弩の後に、轟音の爆発魔法を同時に打ち込みましたよね」


「ええ、あれは突進の足を止めるためでは?」


「もう一つの目的が有ります」


 少し考えたが分からなかったようで、チャールズが首をかしげた。


「せっかく肉体労働をして帰ったのですから、焦らすのはナシですよ」


「聞いたことがないような爆音と同時に、矢の嵐。

そして毒で苦しむ味方。

そんな光景ですよね」


 チャールズは目をつむって思い出したが、人ごとのように平然としていた。


「ですなぁ、さながら地獄絵図でした」


 そこが狙いなので、俺はウインクした。


「彼らはんですよ」


 一同沈黙。


「生き延びた彼らは、そのことを大げさに話します。

仲間うちで広がります。尾ひれがついて」


 絶対俺は悪い笑顔をしているなと実感。


「もし、戦場でどうなりますか?」


 条件反射だな。

 パブロフの犬ってやつさ。


 俺の悪戯を超える仕掛けに、ミルが深いため息をついた。


「アル……。

 大魔王に昇格するわよ……」


 いや、たんなる心理学だよ。

 もし落雷で隣の人が死ぬ光景を見て……。

 その後で落雷に出くわしたらどう感じるか。

 それだけのこと。


 俺を疑うような目で見て、チャールズが肩をすくめた。


「実戦経験がないとそんなことは思いつかないと思いますがね。

前世は戦闘の鬼だったのですかね?」


 ついに前世まで疑われだした……。

 これ絶対広まる……。

 他の娯楽を早く広めないとマジでヤバイ!

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