186話 魔王の看板に偽りなし

 イザボーとの話し合いを終えて、一応の合意をみた。

 こちらの希望はまとめて、倉庫や支店を建設するときに伝えることになっている。


 キアラは興味深そうにしていた。

 商人絡みの話はほとんどしていなかった。

 どんなビジョンを持っているのか知りたいのだろう。


「お兄さま、どう見られました?」


「まだ何とも。

ですが商人が目を付け始めたので、次の優先は港湾の開発でしょうね」


「鉱山の療養町もそろそろ出来上がるそうですわ。

名前はバイアにしたんでしたわね」


 呼び名が療養町ではアレなので、名前をつけてくれと頼まれた。

 適当にリゾート地の名前が浮かんだわけだ。


「ええ。

完成後はバイアで休養してもらって、その後で開発に回ってもらいましょう」


「石鹸は商人を通じて売りますの?」


「その場合、材料となるオリーブを大量に購入することになります。

それで製法が漏れますよ」


「そうなると、みんなオリーブを買いあさって値段が上がりますわね」


「そう、ここでのオリーブの収穫量は多くない。

値上がりして不足すると、あの臭い石鹸に逆戻りですよ」


 キアラが身震いした。


「そ、それは……絶対に嫌ですわ」


 俺は指に口を当てて内緒のポーズを取る。


「なので、当面は内緒です」


 石鹸の目的はあくまで公衆衛生の改善だ。

 確かに金は欲しいが、目先の金に目がくらむと痛い目を見る。

 そして、交易が頻繁になると海賊に目を付けられてしまう。

 海軍の創設はまだだ。

 そうなると選べる手段は見つからない一択。

 もう少し姿を隠す必要がある。

 戦争が待っているから、後回しになる。


 それとは別件で待っている案件がある。

 それは先の話だな。

 今は人的資源に余裕がない。

 予備0でなら動けるが、そんなバクチを打つ気にならない。

 一体俺はいくつの作業を平行しているのだ……。


 タスク管理を紙ですると、ミルとキアラが死んでしまう。

 秘書の補佐も必要だな。

 人が足りない……とにかく足りない。


 無理に人を増やすと金と食料がやばくなる。

 でも、やることはなかなか待ってくれない。

 俺がアタフタしたりすると、皆に伝染して一気に動揺する。


 俺自身のためだけだったら、とっくに投げていたな……。

 自分のためだけで突き進められたヤツらは、素直にすごいと思うわ。


                  ◆◇◆◇◆


 そのあと、キアラを連れたままオニーシムの工房に向かう。

 ジト目でキアラに見られた。


「お兄さま……今度は何のロマンを求めたのですか?」


 俺はいつも遊んでいるわけじゃないぞ。


「いえ、次の戦争の秘密兵器です」


 キアラは黙ってついてきた。


「アレンスキー殿、クロスボウの改良はどうですか?」


 オニーシムは少々お疲れのようだ。


「おう御領主。

試作品は完成している。

ちょっとついて来てくれ」


 別室に案内された。


 そこにはボロボロになったカカシがたっている。

 オニーシムが俺たちに離れるように指示した。


「近くに寄らないでくれよ」


 オニーシムが連弩を構えるとマシンガンほどではないが、矢が連続で発射される。


 10発1セット。

 現行のクロスボウは1分に1、2発程度。

 威力は落ちるが連射力はロングボウの1分に6~10発を超える。

 10本の矢が入るカートリッジ形式を頼んだのだ。


 オニーシムがカートリッジを指さす。


「カートリッジによって飛ばないときがある。

まだ改良が必要だろうな」


 キアラはぼうぜんとしいていた。


「な、何ですの……これ」


「クロスボウの欠点をカバーした武器ですよ。

一撃の殺傷力は既存より落ちます。

代わりに手数は段違いです。

兵器は、小回りの良さと使い勝手が最重要ですから」


「これ、実戦投入したらとんでもない殺傷力ですわよ」


 オニーシムが頭をかいた。


「だが、プレートメイルとシールドでフル武装した騎士には通らない。

チェインメイルだと骨にヒビが入る程度だな」


「いえ、対重装備ではありません。

重装備は数も多くないし、魔法で対処可能です。

数の多い軽装備の敵、もしくは敵の馬を狙うためです」


 キアラが身震いした。


「こんなので狙われたいとは思いませんわ」


 そして、キアラを見てここに連れて来た真意を話す。


「キアラにこの矢に合う毒を調べてほしいのです。

あとは敵に使われたときのために解毒薬も」


 オニーシムが引きつった笑いを浮かべた。


「魔王の看板に偽りなしだな」


 キアラは真剣な目でクロスボウを見ていた。


「必殺の毒ですか?」


「いや、麻痺とか一時的に無力化でいいですよ。

必殺だと試験中に死人がでかねないので」


 キアラがホッとしたように胸をなでおろした。

 さすがに恐怖を感じたのだろう。


「わかりました、調べてみますわ」


 勝つためには出来る手を打つ。

 これで戦意喪失してくれれば一番いいのだが……。

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