185話 年齢詐称疑惑は終わらない

 イノシシを駆除する作戦は単純だった。

 網を手繰り寄せる感じで火を使うのと、餌場をつぶして追い立てていく。


 あちら側は人海戦術で木を伐採したり焼き払ったりして逃げられない場所をつくるようだ。

 平地がメインの領土なら騎兵が強力なのだろう。

 使者であるゼノンと会話をしたときも、不明確ながら騎兵が自慢とのことだった。

 さらに詳しく聞くと弓騎兵ではなく槍騎兵のようだ。


 ヒットアンドアウェー戦法でないことに少々ほっとした。

 モンゴルやパルティアの軽騎兵が使う弓主体の戦法だと別の対応が必要になる。


 念のために共同作戦の際に相手の武装、戦法の確認をしてくるように頼んである。

 最終的な対策はその情報を基に考える。



 そんなことを考えていると、商人が俺に面会を求めているとの報告があった。

 本家からの紹介状を持っているらしい。


 対処案件が五月雨式に来るわ来るわ……。

 何の商人かと尋ねたら扱っているものはさまざまと要領を得ない回答だったらしい。


 まず本家の紹介状の確認をキアラにしてもらう。


「本物ですわ。

お母さまの署名が入っています。

お母さまの遠縁に当たるようですわ」


 何にせよ、取りあえず会ってみることにする。

 キアラを連れて、応接室に向かう。

 そこにいたのは、身なりの立派な商人の女性と護衛の男性だった。

 俺を見て商人が立ち上がった。


「お待たせしました。

領主のアルフレード・デッラ・スカラです」


「商人のイザボー・フロケと申します。

お時間を頂き、感謝いたします」


 20代後半か。

 父親の名代といったところだろうか。

 茶色の髪と目。細身の色白の女性。

 ドレスはシンプルだが、女性の服に疎い俺でもセンスの良さを感じる。


 護衛は30代か、金髪で青い瞳の見た目はシュワルツェネッガーみたいなマッチョ。


 着席を促して、世間話から入る。

 相手のことを知らないとどうにも判断のしようがない。


「フロケ嬢は商人と伺いましたが、どこの商会に属していらっしゃるのですか?」


 イザボーが営業スマイルで答えた。


「イザボーとお呼びください、領主さま。

フロケ商会はお恥ずかしながら…………。

有名ではありません」


 個人商会か。

 真偽が不明だな、もう少し突っ込んで聞いてみるか。


「では、イザボー嬢。

この辺境にいらした理由をお伺いしても?」


「はい、どの商会もここには進出してきていません。

われわれのような小さな商会には大きなチャンスなのです。

この町は1年ほどである程度の形になっていますよね。

伸び代が大きい町と見ています。

また、読み書きの教師を高額で募集してもいます。

商人がいないここは、入った金銭の出口がない。

それが魅力的です」


 こちらの情報は当然知っているな。

 ライバルの商人が不在だから何でも扱える。


「それでさまざまなものを扱うと」


 イザボーがニッコリと笑った。


「はい、さすが聡明で知られるアルフレードさまですわ」


 絶対ロクな噂じゃねぇ。


「いえ、若輩者が背伸びをしている。

それを温かく見守っていただいているだけですよ」


 心にもない返事をする。

 全く心にもない。

 そんなやり取りより、あちらさんの情報を引き出すか。


「手広いのは大変結構です。

ですが、手広くやりすぎると浅くはなりませんか」


「いえ、そこは状況に応じてご希望に添えるようにしますわ。

小さい商会はかえって融通が利きますわ」


 確かにな……大きい商会は安心で勝負。

 小さい商会は小回りで勝負だしな。


 全面的に信用する訳ではないが……。

 まずは任せてみるか。

 ママンの紹介もあるしな。

 その前に聞きたいことがある。


「失礼な質問になるかもしれませんが……イザボー嬢は商会の代理で来ているのですか?」


 イザボーは首を振った。


「父が病気で倒れましたので、代替わりをして私が代表です」


 代替わりで何か目に見える成果が必要になって、ラヴェンナに目を付けた訳だ。

 周囲はどう考えたのか。

 代替わりした娘が空回りしているだけでは困る。

 そうなると商会内で面従腹背がおこって、こっちにもしわ寄せが来る。


「しかし…………よろしいのですか? 使徒降臨を期待する方が、周囲の納得を得られるのではないかと」


 イザボーは苦笑した。


「いえ、私は年を取り過ぎているのと使徒さまのお眼鏡にはかないませんから」


 と胸に手を当てた。

 ああ、全然気にしていなかったから失念していた。

 巨乳だけ人権をもつ世界……クレイジーだな。


「これは失礼。

では取引に際してどのような条件を望まれますか?」


 そこで出された条件はごくごく一般的な話だ。


 問題は税率。

 そこで、俺の考える基準を提示することにした。


「入港税は基準値に加えて、売買目的の積み荷の重さに比例します。

比率は調整しましょう。

出荷に関しては基準値のみとします」


 イザボーが考え込んだ。


「単純に重さではないのですか?」


「それだと、税金を減らすために乗組員に必要なものまで削る可能性があります。

それは長期的に考えても良くはないでしょう」


 イザボーは驚いたようだが……。

 利益重視に偏って必要なものまで削った揚げ句、事故が起こったらかなわない。

 そのときのリカバリーの出費は膨大なのだ。


 俺が主導権を発揮できる状態でタイタニック号みたいな大惨事は見たくない。


「税ですが売上税のみで税率は10分の1とします。

それ以外の税金は取りません」


 税を上げると、結局消費者にしわ寄せがいく。

 税体系が複雑になると官僚機構が肥大化して、税を取ることが存在意義になってしまう。

 そして、脱税がはやる。

 イタリアのように、脱税が国技になるのはごめんだ。


 イザボーの目が点になっていた。

 もう少しこちらからの条件を提示する。


「水道は町に流れているので、接続費と年の維持費を出してください。

それだけ頂ければあとは使い放題です」


 水道のメンテナンスにも金は掛かる。

 だが、水は水源から垂れ流しなのでそれ自体に金は掛からない。

 イザボーが硬直し続けていた。


 そろそろ現実に戻ってもらおう。


「ところで、一つお伺いしたいのですが……。

金貸し業もされるのですか?」


 イザボーは現実に引き戻されたようだ。


「ええ、需要があればですが」


「その際に法律で明記しますが、利子は年率100分の6を上限とします。

返せない者を奴隷にすることも禁じます」


 イザボーが険しい顔になった。


「それは条件が余りに緩くありませんか?」


「代わりに、借金を減免する法の制定は行いません。

行政が返済を保証します」


 必ず返済を保証する。

 代わりに高い利子は認めない。

 ローリスク・ローリターン。

 未発達の国でハイリスクだと、それで身を滅ぼす者が多発する。

 それに辺境の住人は簡単に食い物にされる。

 借金に対する住民の保護は今の時点だと行政の仕事だ。


 内部で治安悪化の原因を下げないと、経済が停滞して持てる者のみがより富んでいく。

 そして治安維持のコストが高くついて、結果増税せざるえなくなる。

 その後は破滅にまっしぐら。


 イザボーがため息をついて言った。


「領主さまは聡明と伺っていましたが……。

それとは違うものに見えます」


「変なことはしていませんよ。

こちらの方法が結果的に経済も発展して収益も増すのです」


 イザボーが俺をじっと見た。


「領主さまは本当に17歳なのですか?」


 忘れていたのにまたかよ!!!

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