187話 獣人支配のメソッド

 工房を出るときにオニーシムから、報告を受けた。

 派遣した兎人族が思った以上に優秀だ、ぜひ正式採用したいと。

 繰り返しの作業や、決まった形にものを整えるのに優れている。

 むしろやりすぎを止めるのが大変だと……。


 俺は、喜んで承認した。

 これで、兎人族のノイローゼも避けられるだろう。



 帰り道を歩いている最中、キアラは難しい顔で考え込んでいた。

 こんなとき俺は黙っている。

 聞いて欲しいオーラではなかったからな。

 やがてキアラは小さく頭をふって、息を吐き出した。

 ギブアップか。


「お兄さまは、相手が騎兵主体とお考えですか?」


「平地で人間が、獣人を支配する。

そうなるとただ衝突するだけでは駄目でしょうね。

何か別の手段が必要になります。

騎兵がもっとも有効な手段でしょう」


「お兄さまは騎兵主体でなくても勝ちましたよね」


「われわれは1回勝って、その後で支配でなく相手が受け入れやすい条件で同化を提案。

彼らは勝ち続けて、支配を確立する。

前提が違うのですよ」


 キアラが首をかしげたので、もう少し解説を続ける。


「支配するって言ったら、1回では済まないでしょう。

相手は逃げるか、必死に抵抗します。

じきにこちらは、消耗して負けますよ」


 護衛で来ているミッキーも同意した。


「エイブラハムも合流前に言っていました。

支配されるのであれば戦おうと。

後に代表者になってから言いました。

これでは合流しても、反乱にまでは至りにくいと」


 キアラには、ピンと来なかったようだ


「反乱にまでは至りにくいのですか?」


 俺は苦笑して説明する。


「今まで族長が部下だった人と同じ地位に下げられたら、誰だって不満を持ちますよ。

族長以外も環境が変わると、大なり小なり全員が不満を持ちます。

そこに元族長が不満をたきつければ、簡単に暴動が起こります。

今のラヴェンナですら、起こるでしょうね」


 会社が合併されるとする。

 合併された側の会社役員が、全員平社員にされたらどうなるか。


 ロクな結果が待っていない。

 そして他の会社は絶対合併されまいとするだろう。

 キアラがため息をついた。


「はぁ……。

お兄さま学は、奥が深いですわ……」


 だからそれ、やめようよ……。

 話題を変えよう。


「話を戻します。

獣人を圧倒するなら、彼らにないものを使います」


「それが騎兵ですの?」


「訓練すれば獣人たちでも乗れますが、自分たちから騎乗する習慣はありません」


 ミッキーも同意する。


「そうですね。

走れば済むことですし」


 馬の飼育コストと、獣人の活動範囲を考えると、馬を使うメリットがあまりないのだ。


「獣人はその、脚力や俊敏性は、当然人間をしのぎます。

でも走ることに特化した馬には勝てない」


 ミッキーが少しだけ悔しそうにしていた。


「さすがに、馬には勝てないですね……」


 勝てたらやばいよ。


「騎兵を巧みに使われると、獣人は機動力で太刀打ちできません。

加えて槍を持って突進されたら、恐怖も植え付けられるでしょう」


 キアラが納得したようだ、だが疑問もあるようだ。


「でも、私たち相手に、そうはいかないですよね」


「ええ、そもそも、騎兵が主体と言いましたが、人間のみが戦うわけでもないのですよ」


「支配している獣人を戦わせるのですか?」


 むしろ、人間の消耗を、最低限に抑える闘い方をする。


「戦術上は補助的な位置です、使い捨ての駒として扱いますよ」


 ミッキーも不審に思ったようだ。


「そんなもので役に立ちますか? かえって主人に牙を剥きませんか?」


「無策ならそうなります」


 キアラが考え込む。


「向かせない方法がある、そうおっしゃるのですね」


「鬱憤を人間に向かせない方法があります」


 ミッキーが引き攣った顔になる。


「聞くのが怖いですけれど……。

一体どんな方法ですか」


「恐怖での支配は当然です。

人質なども当然取ります。」


 ミッキーが物足りなさそうな顔をした。

 誰でも考える方法だろう。

 顔にそう書いてあった。


 そこで俺は、続きを説明する。


「被支配者間で待遇に、差をつけいがみ合わせます。

同じ獣人間での連携を絶つために、ある程度の集団ごとにも分断します」


 ミッキーの顔が、深刻なものになる。

 以前、猫人に操られて、諍いがあった過去を思い出したのだろう。


 それを見て、俺は悪戯をたくらむ、悪ガキのような顔になる。


「集団への待遇は、戦いの成果によって変動させます。

ただし平時での失態も連座して影響する。

そうすると被支配者間でのいがみ合いが加速します。」


 ミッキーの顔が、恐怖にゆがんだ。

 最後の仕上げを教えることにする。


「下層が固定されないように言いがかりをつけて、階層を適度に入れ替えます。

これで獣人たちの連携は絶たれます。

鬱憤がたまっていて、自分より下のものがいたら、不満はそこにいきます」


 キアラがあきれたような顔をした。


「上位に虐待されていたのが、突然自分が、上になると……仕返ししますわね。

単純ですけど怖い負の連鎖ですわ」


 ミッキーが俺を、魔王でも見るような目で見た。


「ご主君はやろうと思えばできたのですね……」


「できるとやるは違います。

運用には定期的に、人間が戦って力を示す必要があります。

第一にそんな方法が私は嫌いなのですよ」


 ミッキーが苦笑した。


「ご主君は無類の子供好きですからね。

種族を問わず」


 いや、そんなことはないぞ……。

 俺のポリシーに従って行動した結果なだけだし、子供なら無原則に保護するわけではない。


 キアラはこれで完璧……とは思わなかったようだ。

 少し思案顔になる。

 

「それでも戦いで、獣人が人間に牙をむく可能性もあるのではないですか?」


「そこで人としての心理が影響します」


「心理ですの?」


「いがみ合っている獣人にとっては反抗したやつをたたけば、自分たちの待遇が良くなります。

最上位なら自分たちの立場を守るでしょう」


 キアラは素直に納得できたようだ。


「確かにそうですわね」


「さらに人間を攻撃しても、敵が自分を攻撃しない保証なんてないですよ」


「ああ……」


 話していて不思議と楽しくなったので、キアラに笑いかける。


「そして、支配する人間も馬鹿ではありません。

人間は獣人が絶望しない程度には、手綱を緩めています。

さて……この状況で、果たして裏切りますか?

敵に鬱憤をぶつけるのがいいでしょう?」


 キアラに、ジト目でにらまれた。


「そんなことを笑顔でいうから、魔王とか呼ばれるのですわ。

反省してください」


 ぐうの音も出ねぇ。

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