180話 契約社員はファンタジー世界の冒険者

 耳目がいったん戻ってきたので、休養のために待機させる。

 発足直後の組織でつい張り切ろうとする。

 そして人員も少ない。


 交代や休養せずに、諜報活動をずっと続けさせるのは無理がある。

 待機中に人員の増員と訓練、収集した情報の整理、運用の改善があるのか確認を指示しておいた。



 別件だが代表者会議メンバー増加は議論を見守るにとどめている。

 俺が完璧に沈黙を守っているので、皆も腹を決めて真剣な議論になっている。


 イノシシ討伐の件は、先生が戻ってくるまで多少かかるだろう。

 少しだけ落ち着いてきたかな。

 俺の周囲以外は……だが。


 いつもの、ミル、キアラ、アーデルヘイトとのつばぜり合い。

 よく飽きないな……。

 見ていると本気のつばぜり合いでない。

 これもコミュニケーションの一環のようだ。

 余計な口は出さないでおこう。


 と思っていると扉が開いて、おくりびとシルヴァーナが入ってきた。


「アル~、ギルドから催促が来たんだけど」


 あ、忘れていた。

 他の優先事項が多すぎて……重要でないギルドの支部話は頭からポーイしていた。

 話が出るたびに引き伸ばしすればいいやと。


 事実を口走ると絶対ロクなことがないので知っていたフリをする。


「ああ、そろそろかとは思っていました」


 おくりびとシルヴァーナは一瞬固まってこちらをジロリとにらむ。


「本当なの?」


 絡まれるとおくりびとシルヴァーナ面倒臭いのよ……。


「いろいろなことがあったので、そちらを優先していたのですよ」


 おくりびとシルヴァーナが納得したようだ。


「まあいいわ。

それでどうしたらいいのよ」


 日々の行いって大事よね。


「冒険者を受け入れること自体は可能なんですよ」


 おくりびとシルヴァーナがホッとしたように言った。


「お、マジ?」


 む……実は結構突っぱねてくれていたのか。

 何か悪い気がしてきたし、解決を試みるか。


「ただ……冒険者としてのスタイルを受け入れる余裕がないのですよ」


 おくりびとシルヴァーナが首をかしげた。


「どうして?」


「冒険者は好きな依頼を好きなときに選ぶじゃないですか。

ギルド指定の依頼もありますが」


 冒険者は福利厚生なんてない。

 自己責任の代わりに、依頼と時期を自由に選べる。

 それでは待てないケースは、緊急代金をギルドに支払えば、ギルドから強制的な指名をしてもらえる。


 あくまで緊急。

 至急メールを日常的に出していては、その人の発信は馬鹿にされて本当に至急でも相手にされなくなる。

 狼少年だな。


 それに緊急だらけでは冒険者としてのメリットが失われる。

 メリットを有名無実化されて、彼らは満足するのか。

 不満を持たれるくらいなら来ないでくれた方がいい。


 おくりびとシルヴァーナは気が付いたような顔をした。


「うーん、確かに……。

冒険者を使うような話って、代表者に訴えて解決だもんね」


 と言ってピタっと止まった。


「これって、冒険者不要な世界じゃ?」


 まあ、そうなるがね。


「今は人口が少ないので行政の目が細かいところまで届きますから」


 おくりびとシルヴァーナが首をかしげた。


「逆じゃ?」


「今なら、問題は代表者に訴えればいいでしょう。

今のところ一人の代表者で面倒見ている人の数って最大で300人くらいでしょう」


 オーバーフロー気味なので代表者を増やすように話したのもある。


「ああ、それで1000人とかだとそりゃ無理ね……」


 ま、それを見越して課題を出すつもりだけどね。



「とはいえ、突っぱねてばかりでも仕方ないでしょうね」


 おくりびとシルヴァーナが困ったような感じになった。


「でも冒険者の気質に合った仕事ってないのでしょ?」


「一つ提案を、一定期間はこちらの指示を受けてもらいます。

選択と時期の自由はないですが……休暇と福利厚生は保障します」


「つまり、冒険者のデメリットを消すから、メリットも消すと。

治療とかはタダでしてくれるのと食事も出ると」


「ええ、基本的に3カ月単位で契約の更新、非更新を交渉。

ってのでどうでしょう」


 転生前の契約社員だな。思い出すと世知辛い話になってしまうが ……。


「なるほどねー、それだと話をする余地があるかな。

その場合、家とか作ってあげるの?

アタシの場合はアル友だから心配していなかったけど」


 アル友って何だよ……。

 それに君、契約期間決まっていないけどその形態で働いているのよ。


「冒険者の支部と宿舎を立てましょう。

宿賃無料として基本的な食事は出します。

贅沢したければ金を出すって感じで」


「結構、おいしいね」


「最初に建設はしますが、メンテナンスはギルドにやってもらいます」


 おくりびとシルヴァーナがウンウンうなずいた。


「分かったわ。

それでギルドと話してみるわ」


 というが早いか走りだしていった。


 転生してまで契約社員の話をするとか、夢が無さすぎるだろ!

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