181話 バケーション行方不明

 待望の先生が戻ってきた。

 報告内容はどうにも頭の痛い話であった。


「あちらさんは人間至上主義で城壁の中に住んでいて、獣人は外ですか」


 先生がうなずいた。


「身分差はきっちりしている」


 今回はオブザーバーとして、使節に向かった獣人のリーダー格にも出席してもらっていた。


「人間以外の扱いはどうなのです?」


 有翼族の男、シェルト・ノールデルメールが口を開く。


「われわれは1カ所に固められました。

使節としての扱いではありませんでしたね」


 猫人の男、カシュパル・ズナメナーチェクが嫌な過去を思い出すような顔をした。


「さすがに食い物は出たが……昔集落にいたときよりずっとひどかった」


 虎人の男、ミスカ・ニスラが腕組みした。


「ここでの待遇がどれだけ素晴らしいのか…………思い知らされた」


 俺は首を振った。


「ラヴェンナは種族問わず同じ市民です。

待遇の良し悪しなんて言語道断ですよ」


 カシュパルが口を開いた。


「他の獣人たちとは接触させてはもらえなかった。

遠くから見てみたが……着るものも粗末だったな」


「よく暴動が発生しませんね」


 シェルトが俺を見て口を開いた。


「どんなことをしているのか不明ですが、妙におびえている感じでした」


 ミスカもうなずいた。


「獣人はかなりの人数がいたのだが、反抗する気すら起こっていないようだった」


 こりゃ面倒だ……種族優位のイデオロギーとは妥協もできない。

 いつものため息が出た。

 そこで先生が渋い顔をした。


「獣人は3000人くらいいるだろう。

人間の数は町を見たが……そこまでいなかった感じだ。

隠れていたのかもしれない」


 少数による多数支配か。

 となると、人間は精鋭だろうな。


「紹介された、相手の将軍をどう見ました」


 先生がアゴに手を当てて思い出すようなポーズを取った。


「ロッシ卿とどっちが上かは判断できないな」


 一同ざわめく。

 チャールズは面白いといった顔をした。

 武人の血が騒いだようだ。


「ほう、それは会ってみるのが楽しみですなぁ」


 現状は相手について考えるのはここまでだな。


「先方は答礼と作戦打ち合わせの使者を送ってくるそうですね」


 先生が渋い顔のままうなずく。


「ああ、ここに通して話すと面倒になりそうだ」


 だろうな……。


「人間以外を見下している人がここを見たら、ここの人間は獣人と同等とみなすでしょうね」


 先生が俺の決断を伺う顔をした。


「では、人間だけで応対するか?」


「そんなのは心遣いですらないので却下です。

ここの皆さんは誰の前に出しても恥じるものではないのです」


「関係悪化、最悪衝突も覚悟するのか」


「先方がこちらに無理な譲歩を求めてきたらそうなります」


 一同騒然。

 俺は手を上げて全員を制した。


「ただし、イノシシの作戦は騎士団のみ。

つまり人間だけで対応します」


 エイブラハムが俺に探るような視線を向けた。


「その心は何でしょうか」


「人間以外の損害は意に介さない、そうなる可能性が高いからです」


 あきれ顔でチャールズが肩をすくめた。


「つまり、こちらに損害を押し付けかねないと」


「ええ、人間だけでもそうなる可能性もありますが……。

可能性を無理に上げる必要はないでしょう」


「ですなぁ」


「それは使者が来たときに確認しましょう。

それとは別にロッシ卿に頼みがあります」


「何ですかな?」


「騎士団の人数が少なすぎます。

従卒の昇格や、他種族からの採用も含めて増員をお願いします」


 チャールズがニヤリと笑う。


「人数は現在の適正をですな」


「無論その通りです。

従卒が不足するなら本家から派遣を依頼します。

そのあたりはキアラと相談してください」


「獣人をいれても、作戦までには騎士にはなってないから問題ありませんな」


「イノシシの駆除の後、最悪のケースも考えられます。

想定戦場を検討して砦と道路の敷設、これもロッシ卿とルードヴィゴ殿と相談をしてください」


 嘆かわしいといった表情でチャールズが肩をすくめた。


「酷使はプランケット殿だけにしてほしい……と言いたいところです。

が……仕方ありませんな」


 マガリ性悪婆がため息をついてチャールズを見た。


「アタシを酷使の代名詞のようにいうんじゃないよ。

まあ、ウチからも戦えるやつを選抜してアンタに推挙するよ」


 もう一つ、やることがある。

 俺はオニーシムに視線を向けた。


「アレンスキー殿、未来を見据えた発明しませんかね」


 オニーシムがうれしそうにニヤリと笑った。


「今度は何を言い出すのか……楽しみで仕方ないわい」


 結局、1年落ち着きたかったけどそれも駄目だったか……。

 俺のバケーション行方不明です。


 最後に不快な思いをした人たちにお礼をしておくか。


「無用になってしまった酒ですが。

調査隊の面々で飲んじゃってください。

不愉快な思いは酒で流してもらえるとうれしいですね」


 調査隊の面々のうれしそうな顔でちょっとだけ心が軽くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る