169話 おくりびと

 ようやく平常への切り替えの象徴となるイベントの日。

 ロベルトとデルフィーヌの結婚式当日となった。


 いやぁぁぁぁぁ! 他人の結婚式って楽だわぁぁぁぁぁ!


 余裕かましていると、キアラはあきれた顔で俺を見た。


「お兄さま、ご自身のときはあきれるほど、落ち着きがなかったのに……」


 いいのだ! 俺は過去を振り返らないのさ! と思っていたらミルが食いついてきた。


「何それ、すごく興味あるんだけど」


「べ、別にいいだろ……昔のことだよ……」


 2人でアイコンタクトしやがった。

 駄目だ、これただ漏れだ……。


 ミルから目をそらして、カチコチのロベルトを見ると何だろう……親近感を覚える。

 そして、女性の付添人はまたしても喪女シルヴァーナだ。

 連続で付き添いになって微妙な表情をしている。


 今日から君のことをと呼んでやろう。


 男性は当然チャールズ。

 礼装が決まっていて、男の色気をプンプン出している……。

 ロベルトの存在感を食っているぞ。


 ひとごとの結婚式も1段落。

 会食になったのでロベルトの所に行く。


 実は俺が先に行かないと誰も行けない。

 その事実にミルから軽く肘鉄を食らって、初めて気が付いた。

 硬直しているロベルトと夢心地のデルフィーヌに挨拶をする。


「ご両名、ご結婚おめでとうございます。

やっと仲間ができてうれしいですよ」


 続いて、キアラとミルも2人を祝福する。

 それに応えようとしているが、カチコチのロベルト。

 うん、よくわかるぞ。


「あ……あ……ありがとうございます」


 目を潤ませたデルフィーヌが俺に一礼した。


「領主さま、本当にありがとうございます。

領主さまは私の救い主です」


 大げさすぎる……。

 そこに、チャールズがやってきた。


「ようロベルト。

お前さんも物好きだなぁ。

結婚とは……大変だぞ」


 普通なら不謹慎だと非難される。

 だが普段の言動と、いかにも冗談めかしているので違和感がない……。

 普段の行いって大事だね。


 一般の慣習どおりにチャールズが素直に祝福したら、違和感バリバリだな。

 珍しくロベルトが反論する。


「いえ、ご主君の結婚生活を見ていたら……とてもいいと思いました。

実にうらやましかったですよ」


 ミルは上機嫌でうなずいている。

 キアラは引きつった笑い。


 プレゼントのおまけではないが、騎士の結婚を機に配慮が必要と思った。

 チャールズにちょっとした提案をする。


「ロッシ卿、実は騎士団の規約で追加してほしい項目があるのですよ」


 チャールズは何か俺がたくらんでいることに、気が付いたようだ。


「何ですかな? 全員からお祝いの品はもう送ってありますよ」


 家庭に縛り付けられることを象徴する首輪じゃないだろうな。


「いえ、新婚の騎士は前線に出ることを3カ月禁じる……と。

本当は1年がいいのですが……人手不足なのでね」


 デルフィーヌがウルウルと目を潤ませていた。


「領主さま……」


 ロベルトが何ともいえない顔をして頭をかく。

 チャールズが苦笑して肩をすくめた。


「ご主君の命令では従わざる得ませんな」


 といって全員に向き直って大声で言った。


「今日から騎士団の規約を追加だ! 『新婚の騎士は前線に出ることを3カ月禁じる!』」


 歓声が上がる。

 そのままチャールズが釘を刺すようにピシャリと言い放った。


「だからといって、離婚と結婚を繰り返したら前線に貼り付けるからな!」


 一同は爆笑した。

 こうして、にぎやかな結婚式は無事終了した。

 領主をやっていて、領民が幸せになる。

 これにまさる喜びはない。

 俺は終始上機嫌だった。



 翌日の代表者会議には、ロベルトとデルフィーヌを領主権限で欠席させている。

 そしてアーデルヘイトの出席は久しぶりだ。

 俺が皆を見渡す。


「まず、皆さん……防疫対策ご苦労さまでした」


 アーデルヘイトも全員に頭を下げた。


「終息宣言も出して平時に戻ろうとしています。

そこで人が増えてきましたので組織替えをします」


 一同が騒然として俺をガン見した。


「まず、アーデルヘイトさん」


 緊張した面持ちのアーデルヘイト。


「はい」


「第3秘書の任を解きます。

理由は感情に流されて、大勢を危険にさらす行為は秘書として不適格だからです」


 一同再び騒然とした。

 アーデルヘイトがシュンとして頭を下げた。


「はい、大変申し訳ありませんでした」


 俺は一呼吸して再び口を開く。


「そしてアーデルヘイトさん。

あなたを新設する公衆衛生省の大臣に任じます」


 ポカンとした表情のアーデルヘイト。

 俺はアーデルヘイトを見て職務内容の説明をする。


「公衆衛生省は公衆の衛生、病気の対策、予防を担当します。

疫病治療の最前線で何が大事か、それを学んだ経験を無駄にはできません。

住民の命をあなたに委ねます」


 泣きそうになってアーデルヘイトは一礼した。

 感情にまかせて雑な処理はできないのが、領主として面倒な限りだ……。

 建設的な方向に話を持って行くしかない。


「は、はい……はい! お受けします!」


 そして、俺はニヤリとマガリ性悪婆を見た。


「プランケットさんは顧問として、アーデルヘイトさんの補佐をお願いします」


 アーデルヘイトの手助けなら言わなくてもするだろう。

 マガリ性悪婆は肩をすくめた


「はいはい」


 そして、ジラルドとデスピナを見た。


「ローザ夫妻、あなたたちを公衆衛生省の副大臣に任じます。

冒険者としての治療経験、回復魔法を生かしてアーデルヘイトさんを助けてあげてください。

職員となる人でまだ文字の読み書きができない人も多いでしょう。

プランケット殿とデスピナさんは、その人たちの教育をお願いします」


 マガリ性悪婆が天を仰いだ。

 デスピナが手をあげる。


「現在、教えている子供たちはどうしますか?」


 俺は真面目くさって疑問に答える。


「今教えている子供に加えて、随分新しい子供も増えているでしょう。

教育省ができるまでは、お二人に子供の読み書きの教育もお願いします。

むしろプランケット殿をメインに、ローザ婦人は補佐的な立場になります。

どうせ顧問って暇でしょうしね」


 マガリ性悪婆が顔を手にやった。


「アンタ、悪魔かい」


 先生がボソッとつぶやく。


「顧問って酷使される便利屋だぞ……」


 俺は聞こえないフリをする。

 そしてマガリ性悪婆にニヤニヤ笑いをしながら宣告をする。


「われわれの所に来るときには……命を捨てるつもりでしたよね。

捨てるつもりだったのなら、未来に種をまいてください」


「訂正するよ……。

アンタ悪魔じゃなくて魔王だ……」


 一同爆笑。


「ジラルドさんはロッシ卿と共同で訓練をされていますよね。

それとの兼務になり、大変でしょうがよろしくお願いします」


 ジラルドは力強くうなずいた。

 以前とは違って忙しい生活で充実しているようだ。


「いえ! 妻の負担を減らせるように頑張らせていただきます!」


 俺はうなずいて最後に全員に宿題を出した。


「市民も増えました。

各省庁で必要と思う人材の奪い合いと発掘は皆さんでお願いしますよ」


 争え……もっと争え。

 多分俺そんな顔をしていたと思う。


 一同から悪魔、魔王とか罵声が飛んだのは言うまでもない。

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