168話 リトル・ボス

 ロベルトとデルフィーヌの結婚式が、間近となった。

 収束宣言を正式に発表して、全員を町に入れて休養を与える。


 とくに医療関係者は、1週間ほど休むように指示してある。

 皆も、緊張感から解放されて安心したようだ。


 俺はインターバルが必要と判断して、通常の案件でも、緊急度が高いもの以外は急がせないように指示をする。

 緊張続きで、全員に疲労がたまっていたのも見えていた。

 それ以上に行政組織の変更をしたいと思っていた。

 ちょうど俺にも考える時間がほしかったのだ。



 そんな中、待ちかねた法律の原案があがってきた。

 ざっと目を通したところ、ほぼ満足がいくものだ。


 マガリ性悪婆が、さすがに疲れた顔をしていた。


「ご苦労さまです。

一点を除いて大丈夫でしょう」


 マガリ性悪婆がウンザリした顔をする。


「何か不備でもあるのかね」


 いや、多分俺の考えを忖度しすぎた部分がある。


「いえ、補足的なものですがね。

子供の犯罪は、一律で減刑を考慮する。

この一点です」


 馬鹿なことでも言い出すのかと思ったようだ。

 マガリ性悪婆が、けげんな顔をする。


「無罪にでもするのかね?」


 とんでもない。

 無原則に子供を優遇したりはしない。


「いえ、子供が減刑を見込んで、罪を犯した場合……成人として処理する。

この一点の追記をお願いします」


 転生前にあった少年法

 これを根拠に『絶対に死刑にならない』と、高をくくって犯罪に走る。

 悪さをしても大したことにならないと甘く見る。

 そんなヤツに、保護など不要だろう。


 俺はマガリ性悪婆に、趣旨を説明する必要を感じる。


「子供の減刑は、あくまで善悪の判断が未熟であることを考えてことです。

その趣旨を、食い物にするヤツには保護する必要を感じません」


「子供だからって、無原則には優しくないわけだね」


「そもそも罰則は抑止力です。

そこで刑罰を正確に計算して、罪を犯すのは悪用です。

悪用され続けると、制度自体の信用性が失われます」


 心当たりがあったのだろう。

 マガリ性悪婆が、アゴに手を当てる。


「確かに、ここまでしか罰せられない、と考えるヤツはいるねぇ。

そんなのには大体、キツイお仕置きをしているわさ」


 子供に限った話でもないし、アンタのことも指しているんだよ。

 キツイお仕置きはこれからさ。

 飲み下すとは言ったが、匂いが取れたとまでは言っていないからな。


「その通りです。

その趣旨を盛り込んでおいてください」


 マガリ性悪婆が疲れた様子でうなずいた。


「はいよ、これが終わったら、少しは休ませてくれよ」


「ええ、それは勿論。

その後はまた別の話ですが……」



 マガリ性悪婆がウンザリした顔になった。


「とんでもない悪魔に近寄ってしまったよ……」


 天使だろう。

 お前の尻拭いをしてやっているんだから。


                  ◆◇◆◇◆


 マガリ性悪婆が出て行った後で、俺は元気になったマノラの様子を見に行く。

 今の時間は、活動を再開した地図模型作りを指揮しているはず。

 元々ボス的な立場だったが、仕切る才能を開花させたようだ。

 将来の指導者層の一員として、ひそかに期待している。


 マノラが俺を見ると、泥だらけの手を振った


「領主さま、にようこそー」


 盛大に、ズッコケた。


「その名前は、どこから出てきたのですか……」


「領主さまがって言ってたって、キアラさまから聞いたの」


 恨むぞ……妹よ……。


 気を取り直して、皆を見ると、元気に作業をしている。

 ジラルド夫妻の娘アルシノエは、マノラに引っ付いている。

 さながら、姉妹といった感じだ。


 アルシノエは他の子たちとも話せているようだが、まだ人見知りをしているようだ。

 焦らずに、徐々に、友達を増やしてくれればいいだろう。


 と思っていたら、マノラに、服の袖を引っ張られた。


「あ……そうだ領主さま。

他の子たちがね、ここの地図が違うよって教えてくれたの。

なおしてもいい?」


 そうか、自分たちの勢力圏なら詳しいか……。


「ぜひそうしてください。

じゃあ白い紙をたくさん持ってきます。

みんなで書いてもらっていいかな?」


 マノラは、ニッコリわらった。


「うん、わかった」


 子供たち同士は、種族の垣根なく仲良くやっているらしい。

 実にいいことだ……。

 せっかくの熱意には報いなければな。


「間違いに気が付いたお礼に、あとでお菓子を届けさせますよ」


 子供たちから、歓声があがる。


「ただ、外に確認には行かないでくださいね。

まだ危ないですから。

そこは大人たちが行きます」


 えーという言葉が出る。


 そこに、ビシっと言い聞かせる声。


「コラ! ちゃんと領主さまの言うこと聞かないと駄目よ!」


 マノラだった。

 子供たちが一斉にうなずく。


 何という統率力。

 これはリトル・ボスと呼べばいいのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る