166話 特殊に見えるが合理的

 バニーさんたちが到着したとの報告を受けた。

 俺たちが出迎えると、前回の使者だったアデライダが先頭にいた。


 一同に礼儀正しく挨拶をする。


「ようこそ、ラヴェンナへ。

あなたたちを歓迎します。

そして私の名前において生命、財産の保護を約束します」


 バニーさんたちが一斉に一礼する。

 全員を代表してなのだろう。

 アデライダが口を開く。


「突然の申し出に対してのお心遣い、一同感謝に堪えません」


 後ろめたさがっ……なんとか心の動揺を抑える。


「あなたを、どのようにお呼びすればよろしいでしょうか」


「アデライダで結構です」


「ではアデライダさん。

少しお話を伺ってよろしいでしょうか?」


 アデライダは少し緊張したようだ。

 大丈夫、変なことは聞かないから。


「はい」


「あなたが代表の認識でよろしいですか?」


「はい、族長は元の居住地にいます。

ですがここでの代表は私です」


 俺は他の兎人たちを見た。


「住民の方の受け入れは担当の者が行います。

アデライダさん以外の方は担当のものについて行ってください」


 オラシオに合図をしてあとを託した。

 そのあとでアデライダに向き直る。


「他にもお伺いしたいことがあります。

こちらにいらしてください」


「承知いたしました」


 そのまま応接室に案内する。

 着席を勧めて、本題に入る。


「ではお伺いします。

あなたたちは今まで外部と接触せずに生活していましたよね。

それには理由があるのでしょうか」


 しばし、沈黙のあとアデライダが聞き返してきた。


「質問に質問で返すことをお許しください。

受け入れる前に、なぜお聞きにならなかったのですか?」


 言えない……後ろめたさの余りにうっかりしていたなど。

 何かかっこいいこと言ってごまかすしかない!


「いえ、受け入れても問題ないと思っています。

ですが……受け入れの際にあなたたちに、不都合があったらいけないと、あとになって気が付いたのです」


頭をかいて続けた


「最初に確認すべきでした。

済みません」


 アデライダが驚いたように硬直した。


「いえ、こちらがお願いしている立場ですので……」


「その立場を気にしすぎて、当然の要望も伝えられないのは良くないでしょう」


 アデライダが納得してキラキラした目を俺に向けた。


「噂以上に慈悲深いお方なのですね」


 頼むから普通に話してくれ。

 俺の心がもだえ苦しんでいる。

 実は知っていて嫌がらせをしているのか!?


「いえ、そんなものではありません。

それよりお伺いしても?」


「はい、ただ言い伝えですので正確ではありませんが……」


 アデライダから聞いた内容は初耳のものもあった。


 昔は他種族と普通に交流していたそうだ。

 ある事件を切っ掛けに人間社会に恐怖を覚えて、人がいないこの地に逃げてきた。


 その切っ掛けが第2使徒らしい。


 昔は現在の第2使徒拠点付近に住んでいた。

 だが戦争のときに第2使徒が、潜水艦と呼んでいた水に潜れる船で一方的な殺戮を行った。

 殺戮の惨状にも恐怖したが、決定的だったのは使徒の言葉だ。


『俺、あんまり目立ちたくないんだけどね。

でもさ、降りかかる火の粉は払わないといけないのさ』


 兎人族は、使徒がまったく罪悪感や後ろめたさを感じていないことに心底恐怖した。

 この言葉を称賛する人間たちにも、空恐ろしさと気持ち悪さを感じたそうだ。

 何を言っているのか、まるでわからないと。


 使徒に感化されなかったのは、その戦争のときにはじめて使徒と関わったからのようだ。


 その力がいつ自分たちに襲いかかるかわからない。

 とても恐ろしくなったらしい。

 それで人と関わらなくて済むように、ここに流れ着いたそうだ。


 そして、周囲と関わらずに済んだのは、住みかを慎重に選んだからだそうだ。

 水源から離れた丘の上。

 周囲は湿地となっている。

 通常では敬遠される立地。

 つまり、攻め取っても利益がない。

 ここなら、誰も接触してこないと思ったようだ。


 まあ、魅力がない土地で無害なら放置もされるか。



 しかし、ここでも使徒かいな……。

 と、その前に使徒語って第3以降だよな……。


「確か使徒語の普及は、第3以降300年くらいまでかかったはずです。

なぜあなたたちは、使徒語を使っているのですか?」


 アデライダが記憶を探るような感じで首をかしげた


「先祖が争いにならないように、最低限の接触はしていたのです。

ある時期を境に、言葉が通じなくなったと聞きました」


 この現象は面白いな……俺は自然と身を乗り出す。


「今まで通じていたのに突然ですか?」


 徐々に思い出してきたようだ。

 アデライダの応答がしっかりとしてきた。


「突然ではなかったそうです。

この地方は魔物が襲ってきたりして、人の入れ替わりが結構多かったのです」


「入れ替わりとは?」


「われわれの先祖は戦わずに逃げるので、難を避けられました。

戦った人たちは、魔物の群れにやられていなくなるのです。

そしてまた新しい人たちが流れ着いてきます」


 危険を感じて立ち去ったのか。

 今は魔族が魔物の盾になっていたな。

 以前はラヴェンナが危険地帯だったのか。


「ある時期を境に、入れ替わりに移住してきた人たちと、言葉が通じなくなった……と」


 アデライダがうなずく。


「はい。

それでは戦わないことを伝えられないのは不都合です。

言葉の通じない集団が、近くにいると危険視されますから。

そこでなんとか意思疎通を図って、彼らの言葉を学んだのです」


 そのあたりの経緯を、ぜひ知りたいな。


「通じなくなって、すぐ学べたのですか?」


「いいえ……いろいろな人たちが話している言葉は、すべて同じに聞こえたそうです。

なので皆の話す言葉が変わったのだ、そう理解したそうです」


 えらい手間だな……。


「よく教えてもらえましたね」


「幸運にも接触した人たちの中に、われわれの言葉も通じる人がいました」


「なるほど……ところで人の入れ替わりは、まだ起こっていますか?」


 アデライダが首を横に振る。


「いいえ、言葉が変わって少しあと、魔族が移住してきたそうです。

それ以降は魔物もめったに見なくなりました」


 これは魔族との対応は、慎重を期す必要があるな。


「魔族とも接触したのですか?」


「先祖が1度だけですが」


 なら、大した情報は聞けないな。


「それだけ配慮しても、他部族の攻撃を受けたことはありませんでしたか?」


「その場合は全力で逃げたそうです。

そのうちに誰もわれわれに構わなくなった、と聞いています。

われわれは戦いを好みません。

そして、他部族と関わらなかったのは、交流をもつと争いになる可能性があるからです。

ですがこの町は異種族が共に暮らしており、今までの人間社会とは違うと感じました。

ですので、ぶしつけながら頼ろうと思いました。」


 まあ、特殊だな。

 でも、手っ取り早く勢力を広めるなら、これが合理的だと思う。

 俺はアデライダにもう少し情報を聞くことにした。


「話は変わりますが、兎人族で食べないもの、あと避けている風習はありますか?

当然考慮しますよ」


 アデライダが疑問に思ったようだ。


「なぜ、そこまで考えていただけるのです?」


 モウナレタヨ。


「私とあなたの種族は違います。

これは変えようがありません。

その違いを考慮せずに同じ生き方を強制して、うまくいくと思いますか?」


 アデライダが首をかしげる。

 今一ピンとこなかったようだ。

 理由をハッキリ説明した方が後々楽だ。


「あなたたちは基本争いを好まないですよね」


「はい」


「虎人のように、殴り合いが会話の世界で生きろと強制されても平気ですか?」


 困ったときの虎人。

 例え話にとても役に立つ。

 アデライダはようやく理解したようだ。


「あっ……なるほど。

そんな深い意図があったのですね」


「ですので、避けたいものがあれば教えてください」


 アデライダが深くうなずいた。


「はい、野菜は火を通したものは食べません。

肉は硬い肉が食べられません。

それだけです」


 マガリ性悪婆の情報通りか。


「わかりました。

そのように手配しましょう」


 深々とアデライダが一礼したあと、キラキラした目で俺を見た。


「ありがとう御座います。

本当に慈悲深い方でいらっしゃいますね……」


 や……やめてくれぇぇぇぇぇぇ。

 そんな目で俺を見るなぁぁぁぁぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る