164話 ハワード・スマイスの布告

 法律原案作成のためマガリ極悪婆が庁舎に泊まり込み、各部族長を巻き込んで突貫作業が始まった。

 キリキリ働けばよい。


 防疫対策も、収束宣言を出せる直前まで来た。


 猫人族が204名、完治118名、死亡84名、重篤者1名

 治療従事市民15名 死亡1名

 あと1人の重篤者と、軽症が1人。


 だがここで気を緩めると、一気にまた広がる。

 改めて油断しないように、指示を徹底させる必要がある。

 亡くなった犬人の名前を取って『ハワード・スマイスの布告』と命名、指示を張り出すようにした。


 ただの紙切れの指示より、知っていた人のことを思い出せば……印象に残ると思ったからだ。


 死者1名。

 そんなふうに、ただの数値で済ませたくはなかった。


 遺族からすれば、嫌なことを思い出させるかもしれない。

 だが俺にとって、さらなる犠牲者を出さないことが優先される。


 当然、遺族に許可をもらいにいった。

 彼らには、それを拒否する権利があるからだ。


 正直会いにいくのは怖かったのだが、逃げる訳にもいかない。

 本音は誰にも分からないが、快く承諾してくれた。

 今後も防疫対策の布告に関しては、彼の名前を冠することにした。


 保護対象以外の猫人族は、ほぼ壊滅状態なのか動きはないようだ。

 完治した猫人族に話を聞くと、満足に動けない者が追い出されてここを頼ったらしい。


 俺が話を聞きに、猫人族たちの集まっている建物を訪れた。

 俺の姿を見た猫人族が、一斉に土下座して命を助けてほしいと懇願してきた。

 俺は思いっきりドン引き。


 いや……殺すために治療って訳が分からないよ。


 どうも、猫人族たちの間で俺の正体は

 姿

 と広まっていたらしい。


 助けたのもあとで処罰するためと思い込んでいて、俺の部下が幾ら説明しても簡単に納得できなかったようだ。


 遺体を焼却処分したのも処刑と思われたらしい。

 部下たちが必死に説得をした結果、誤解は解けたはずだった……。

 だが俺の姿を見て、恐怖が蘇ったようだ。


 有翼族と猫人族から、俺は恐怖の象徴になってしまっている。


 何でや。


                  ◆◇◆◇◆


 もんもんとしたまま、夜になって部屋に戻る。

 久しぶりにミルと2人きりになった。


「頼みがあるんだけど」


 ミルが小さく笑った。


「確認なんていらないわよ」


「膝枕して。

ついでに愚痴垂れ流していい?」


 ミルに思いっきり笑われた。

 笑いが治まると、ミルはベッドに座って俺を手招きした。


 そのまま、ミルに膝枕をしてもらうことにする。

 細いけど、その太ももの感覚が気持ちいい。

 心が洗われるようだ。

 そして、愚痴を垂れ流す


「いやさ助けたのに、命ばかりはお助けをって何だよと」


「ああ、猫人族たちね」


「そんな馬鹿なことのために、住民を危険にさらすのかと……」


 ミルも、少しあきれた顔をした。


「そうね。

アルは、そんなこと大嫌いだものね」


 思わず、片手を顔に当てた。


「別に他人からよく思われたいとか、そこまで思わないけどさぁ……。

あれはないだろ」


 あの光景を見ていたミルが苦笑した。


「敵からしたら、アルってとても怖いのかもね」


「そんなもんかねぇ」


「私は想像したくもないけどね。

絶対ないけど、そうなったら私は全力で逃げるわよ」


「それに有翼族まで、俺を怖がっているし。

勘弁してくれと」


 ミルがあれは……といった顔で苦笑した。


「あーあれは、族長さんがアルに睨まれたのが原因かもね」


「といっても、あれは絶対に許せない話だぞ。

一応フォローもしたんだぜ」


 ミルはクスクス笑い出した。


「怖さが先だって、気が付かなかったんじゃない?」


「族長なんだから、もう少し冷静になってくれと……」


「懸け橋になるはずのアーデルヘイトが、疫病の治療で出払っているから余計にね」


 いろいろ愚痴っているうちに、いつの間にか寝てしまったようだ。

 朝起きたときは、ちゃんとベッドに寝かせられていた。

 起きたときに、ミルに苦笑されてしまった。


「アル、結構重かったわよ」


 俺も苦笑いするしかなかった。


 その日の夜、珍しくキアラから部屋に呼ばれた。

 ノックして、部屋に入る


 ベッドに座ったキアラが、膝枕をしてあげると手招きしていた。

 ミル……喋ったのか。

 よりにもよってキアラに。


 そう言えば、2人は風呂一緒に入っていたな。

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