163話 本音とはうっかり漏れるもの

 兎人の使者が戻ったあとのことだ。

 しまったぁぁぁぁぁぁぁぁと内心で絶叫した。

 あまりの後ろめたさに、大事なことをすっかり聞き忘れていたのだ。

 なんてこったい。


 思わず、ため息が出た。

 キアラが、不審そうな顔をした。


「お兄さま、どうしました?」


「いえ。

大事なことを聞き忘れたのです」


 ミルが俺を見て、小さく笑った。


「アルのうっかりって珍しいわね」


「珍しいかはともかく……。

なぜ、他種族と交流せずに隠れていたのか。

そして攻撃を受けたことはなかったのか」


 ミルはウンウンとうなずいた。


「そこからいろいろ考える切っ掛けをつかむのね」


 思わずほほ笑んでしまう。

 俺のことを、よく見ている。

 これが、好意以外で観察されていると怖いな。

 男はよく女性に手のひらで転がされる訳だ。

 思考がよそに行きそうなので、せき払いをする。


「あとはこちらに住むにあたり、兎人族にとってタブーな行為とかはないのかと」


 少し不思議そうに、キアラが首をかしげた。


「それがあるなら、最初に言いませんか?」


 そう簡単な話ではない。

 あのバニーさんは、驚くほど低姿勢だったのだ。

 悪意があるとか計算しているようには見えなかった。


「いえ、あの使者の態度を見た感じですがね。

申し出ている立場なので、過分な要求をしてると思われたくない。

そう思ったと考えられませんか?」


 ちょっと意外そうなキアラ。


「そこまで遠慮するものですの?」


「あくまで、一つの可能性ですよ。」


 キアラは回答を求める生徒のような顔になった。


「では、どうしますの?」


「慎重に探り出しましょう。

やり方を間違えると、問題に発展しそうなので」


 キアラが、悔しそうに言った。


「まだ、お兄さま学が未熟です……」


 その学問はやめようよ。

 本気で、学部を立ち上げそうで怖い。


「それこそ責められていると……勘違いされても困りますからね。

私の不始末なので、自分で何とかしますよ」


  それとは、別の重要な課題が放置されている。

 そっちも着手しなくてはな……。

 俺は、ミルに頼み事をすることにした。


「ちょっと極悪婆を呼んできてください」


 ミルが、思わず吹き出した。


「分かったわ。

でもその呼び名は使わないでおくわね」


 ミルがウインクしながら出て行った。

 つい本音が漏れてしまった……。


 キアラが、不満そうな顔をした。

 話の流れから、そのまま自分に頼むかと思ったのだろう。


「お兄さま、私でなくてお姉さまに頼んだ理由ってあります?」


「それは勿論、キアラは私絡みの話で感情を隠すのが苦手ですからね」


 キアラが膨れっ面になった。


「そんなことはありませんわ」


 聞こえないフリをすることにした。

 この問答は、絶対に不毛になる。


「キアラの威圧で、いきなり心臓発作になっても困りますからね」


 死んでもらっては困る。

 極悪婆に楽はさせない。

 別の使い道を考えてある。


 そして必要以上に警戒されても困るしな。

 極悪婆を責めすぎると、極悪婆を慕っている人たちが騒ぎ出す。


                  ◆◇◆◇◆


 しばらく思考にふけっているとミルが、マガリ極悪婆を連れてきた。

 

 マガリ極悪婆は、俺の冷たい視線に天を仰いだ。


「アタシにまだ腹を立てているのかい。

いい加減機嫌を直してほしいもんだね」


「そのせいで、1人死んでいますからね。

一生忘れませんよ」


 マガリ極悪婆がため息をついた。


「それを言われたらお手上げさね。

年をとって死が近くなると……いろいろと無頓着になるよ」


 その基準を人に当てはめるな。

 だが問い詰めても時間の無駄だ。

 本題に入ろう。


「兎人の情報を下さい。

長いこと、この辺りにいるなら多少は知っているでしょう」


 マガリ極悪婆が、目をつむって何かを思い出すような顔になった。


「兎人が来たそうだね。

あの小心な連中が出てくるってことは、よほど追い詰められたのかね」


 その原因は俺なのだが……。


「でしょうね。

100名ほど受け入れることになりました。

ですのでキリキリ、情報を吐き出してください」


「やれやれ……分かったよ。

ただ、知っていることは多くないよ。

連中は滅多に出てこないんだ」


 しつこいくらい質問を続けたあとで、もう一つの頼み事命令をする。

 俺は、冷たい視線ではなく懲罰をする刑務官の表情になった。


「あと、一つあります」


 俺の表情を見てマガリ極悪婆が、露骨に嫌な顔をした。


「何だい。

嫌な予感しかしないんだが」


「法律の制定作業が、疫病対策で止まっています。

原案をプランケットさんが主導して、1でまとめてください」


 マガリ極悪婆があきれた顔をした。


「むちゃを言うもんでないよ。

どんだけ大変か知っているだろ」


 知っているさ。

 でもお前のせいで、そっちの制定が遅れている。

 責任はとらせる。

 俺は、厳然たる態度で口を開く。


「いえ、やっていただきます。

そうしたら先ほどの件は飲み下してあげますよ」


 しばらくマガリ極悪婆は、俺を見ていた。

 やがて降参といった感じで手を上げた。


「やれやれ、とんだしっぺ返しだね……。

分かったよ。

アタシがアンタに睨まれていたら、元部下たちの居心地が悪いからね」


 そこを考えるなら、最初から俺を嵌めるようなことをするなよ。

 自分の部下とアーデルヘイトだけが、視界に入っているのだろうな。


 それでは困るのだ。

 法律制定で、嫌でも視野を向けてもらう。

 逃げは許さない。

 死んでしまった彼には、何の慰めにもならないだろうが。


 彼の遺族が過ごしやすい社会をつくる。

 それしか、彼に対する責任の取り方が思いつかなかった。

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