162話 エンドレス 肉

 兎さんか……。

 なぜ今なのだろう。

 ともかく通してもらった。

 つまりはバニー。


 人間とほぼ見た目は同じだが、うさ耳とお尻に丸い尻尾があるようだ。

 若くて黒髪、黒目で背の高い女性だ。

 使者に女性が多いのは慣習なのかね。

 まずは俺から名乗ることにする。


「初めまして、私が領主のアルフレード・デッラ・スカラです」


 バニーさんが丁寧に一礼した。


「こちらこそ初めまして。

アデライダ・パウラ・フーゴ・ラローチャと申します。

兎人族の使者として参りました」


「ご用向きを伺いましょう」


「最近、イノシシが急に増えて食事に困りだしてしまいました。

可能であれば援助をお願いしたいのです」


「他にも部族はいたと思います。

なぜ我々に?」


「我々は基本、自給自足でやってきました。

ですが、最近それも難しくなりました」


 俺が火をつけて迷惑をかけた気がする。

 個人的には実に後ろめたい。

 ミルも目が泳いでいる。


 デスヨネー。


 キアラは平常運転で平然としている。

 俺のやることを何でも肯定するのはやめようよ……。


 ポーカーフェースで続きを促す。

 バニーさんは真剣な目で話を続ける。


「不慣れではありますが、各部族の様子を調べました。

あなたたちは無関係な猫人の病人にも、手を差し伸べていました。

そこで……あなたたちになら頼れると思いました」


 いや、俺にはやるなんて気なかったのよ。

 慈悲深いとか思われると……めっちゃ心が痛いのですが。

 俺の内心の葛藤を、次の発言を促したと取ったらしい。

 バニーさんは深く頭を下げた。


「重ねてお願いいたします。

不躾ながら援助をお願いいたします」


 こちらは余裕がない……。

 金銭もカツカツ……。

 だがなぁ。


「援助にしても、そちらまで食糧を輸送する余力はないのですよ」


 バニーさんはすぐにうなずいた。


「それは理解しております。

ですので狩りが困難な老人、母親や子供の一部を受け入れていただきたいのです」


 なるほど……それなら可能な話だな。


「何名ほどですか?」


「可能であれば100名、難しいのであれば40名ほどをお願いしたいのです」


 100名か……。

 この負い目があるからな。

 どうにも断れない。

 俺もまだまだ甘い。


「分かりました。

100名お引き受けしましょう」


 バニーさんがぱっと顔をほころばせた。


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 その真剣な態度が俺の後ろめたい心をグサグサ刺していく。


「ええと。

受け入れはどのように行いましょうか」


「最初に斥候の方とお会いした場所で、2週間後にお待ちしています。

そこまで護衛を派遣していただけますか」


「分かりました、お約束します」


 握手をして何度も俺にお礼をして帰っていくバニーさん。

 俺の精神力は0になっていた……。


                  ◆◇◆◇◆


 静寂が訪れた執務室。

 ミルが気まずそうにこっちを見た。


「え、ええと……」


「何も言わないでください……」


 キアラはあっけらかんとしている。


「食料は大丈夫ですか?」


「ええ。

そろそろイノシシを減らす必要がありますからね。

肉なら何とでもなるでしょう」


 ミルが遠い目をして何かをつぶやいている。


「一週間、肉肉肉肉肉肉肉肉肉……」


 言うなよ……。

 忘れようとしていたのに。


「それに2週間後なら、疫病もほぼ沈静化するでしょう。

人手も何とかなるでしょうしね」


 キアラがほほ笑んで言った


「では、諸々手配しますね」


 俺は出ていこうとするキアラを呼び止める。


「待ってください」


「何でしょうか、お兄さま」


「私のやることは何でも正しいと思わないでくださいよ」


 キアラはじっと俺を見たあと笑顔になった。


「勿論、盲信を嫌うのは知っていますわ。

でも、後悔されているのを知ってもいます。

ですので責める気はないのですわ」


 お見通しか。

 俺は頭をかくのが精一杯だった。

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