161話 グッバイ俺のバケーション

 さらに1カ月後、早くもジャガイモが届いた。

 全てをミルに識別してもらった。

 別の茎から派生したものとお墨付きが出たので、栽培を指示。


 疫病は、もう少しで収束

 治療に従事している人の引き上げを始めている。


 猫人が204名、完治104名、死亡80名、重篤者10名。

 現在残っている治療従事市民35名、死亡1名。


 やはり、猫人は半分近く死んだか…。

 冷血と言われようが、猫人の死者数にはさして感慨も湧かない。


 気の毒には思うが、テレビで出てくる死者数と同じイメージしかない。

 市民以外の生死まで、真剣に考えて悩んでいたら身が持たない。


 俺にとっては死んだ猫人40名より死んだ犬人1名のことが、重く堪えている。

 本当ならちゃんと埋葬してあげたかった。

 せめて、遺族に安らぎを与えることができたら良かったのだが。


 前世でこんなこと口走ったら袋だたきだがな。

 確かに、命に貴賤はない。

 だが、その人との関係よって感じる重さは違うのだ。

 猫人が助けられなかった仲間のことで、俺を恨んでもかまわない。

 重さが違うのだからな。


 アーデルヘイトの無事助かった友人母子は、アーデルヘイトにとっては重たいだろう。

 でも俺にとっては、204人中の2人。


 俺の考えを、アーデルヘイトが責めるのは構わない。

 俺はそれを受け入れる気はない。

 別の人格なのだから、感じる重さが違う。


 俺にとって、ミルとキアラはかけがえのない2人だ。

 でも他人にとっては、領主の妻と妹。

 それでいい。


                  ◆◇◆◇◆


 そんな中、有翼族の族長が俺に面会を求めてきた。


 レフィ・ストリークヴェルダ。

 アーデルヘイトの父だ。


 俺が怖いらしく、ビクビクしているが……。

 俺は脅したことはないぞ。


「いかがされましたか? ストリークヴェルダ殿」


「は……は……はい。

娘のアーデルヘイトのことです」


 何を言いたいかは分かる。

 だがそれを許可することは、アーデルヘイトのためにもならない。


「ご息女が何か?」


「疫病が収束に近づいています。

娘が最も助けたかった2人も救われました」


 言葉を選びながらも、レフィが俺に嘆願した。


「アーデルヘイトを呼び戻してよろしいでしょうか?」


 俺は自分でも驚くほど冷たい声で言った。


「駄目です。

彼女が引き上げるのは一番最後です」


レフィは娘が可愛いのだろう、何とか抵抗しようとする。


「で、ですが……。

ずっと、最前線で働き続けているのです」


 それは彼女が、危険を冒してでも救助を望んだからだ。

 確かに働き続けてはいるが、病気に感染しやすくなるほど疲労困憊しないようにしている。

 精神的には、かなりキツいだろうが。


「2度は言いません。

彼女の個人的願望で、大勢を巻き込みました。

そして死者まで出ています」


「そ、それは……」


 俺の声の温度がさらに下がる。


「死者は自分の過ちで死んだ。

などと言ったら……ただでは済ませませんよ」


 顔面蒼白なレフィが硬直している。


「彼は、彼女のために死んだのです。

最終的な責任は、勿論私にあります。

ですが、彼は彼女の力になりたいと言って死んだのです。

彼女が目的を達したから戻るなど、決して許しませんよ」


 俺は少しだけ表情を緩めた。


「彼女が戻ってきたら、私は彼女にこの責任を問います。

ですが……彼女が、家に戻ったら優しく迎えてください」


 アーデルヘイトに安息の場所くらいは必要だ。

 だが……レフィに通じたかは、自信がない。


 そしてこれ以上の問答は、俺の精神衛生上よろしくない。

 俺は有無を言わせない態度をとる。


「お話は以上でしたらお引き取りを」


 硬直したまま、レフィが出ていった。

 思わず、愚痴が出る。


「親馬鹿過ぎる……。

アーデルヘイトさんのためにもならない。

助けた友人のためにもならないのに」


 どうしてこんなにも、視野が狭いのだ……。

 アンタ族長だろう。

 ミルが憤慨した表情だった。


「ええ。

ちょっと、私も魔法をぶっ放したくなったわ……」


 最近、手が早くなってないか?

 キアラも憤懣遣る方ないといった様子だった。


「皆さん、お兄さまに甘えすぎではありませんか?」


「ま、仕方はないのですがね。

ほんと、どっかで休みますかね……」


 ミルがほほ笑んで言った


「あら、いいわねー」


                  ◆◇◆◇◆


 明るい未来を想像しようとしていると、久しぶりのチャールズが現れた。


「ご主君、よろしいですか?」


「どうしました?」


「こんなときにお伝えしたものか……」


 いやーな予感だ……。

 だが情報の遮断は、絶対に駄目だ。


「構いませんよ。

言ってください」


「兎人族が接触してきました」


 グッバイ、俺のバケーション。

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