160話 将来の禍根

 疫病対策を始めてから1カ月半が経過。

 諸々の報告が上がってきた。


 まず感染した犬人の死亡報告。

 思わずため息がでた。

 エイブラハムは申し訳なさそうにしていた。

 だが改めての謝罪は不要と伝えてある。

 覚悟はしていた。

 犬人族伝統の埋葬法も拒否して、他の死者と同様の焼却処分を指示した。


 そのことで作業者全員に、かなりの衝撃と恐怖が走ってしまったようだ。

 誰だって死体を焼却処分して、ゴミを埋めるように処分されたら嫌だろう。

 

 だが俺は恨まれてもかまわない。

 被害の拡大を防ぐことが最優先だ。


 元々が、俺の指示を破ったことが原因だった。

 そのため、表立っては俺を責める声はでていない。

 だが、後ででてくるだろうな。


 暗い報告の次には、明るい報告もあった。

 硬石鹸のおかげで、石鹼の使用が徹底できた。

 本家から医薬品も届き、症状の緩和に役立っている。


 そしてデスピナに、完治と診断された猫人たちがでてきた。

 完治した人を、ずっと治療所にとどめるわけにはいかない。

 したがって今後の身の振り方を選ばせることにする。


 元の領地に戻るか。

 もしくはラヴェンナに移住する。

 

 移住する場合は、念のため宿営地での作業を1週間手伝ってもらう。

 その後の問題がなければ、都市に迎え入れる。

 また他の部族のように、即座に代表者を送ることは認めない。

 代表者の選出に関しては、一定の期間経過後に代表者会議で決める。


 これには、異論が当然でた。


 俺は素直に移住した部族とは違う。だまし討ちを受けた揚げ句、こちらが危険を冒して治療した部族を同一に扱うことはできないと明言した。


 正直もっと差をつけたかった。

 だが会議で同情論が噴出したため、俺が譲歩した形となった。


 今後の移民ルールを決めないといけないが……。

 善意が暴走している今は駄目だ。

 もっと冷静になったときに決めよう。


 猫人たちはあの地獄絵図を経験した後では、とても戻る気にならなかったようだ。

 完治者10名全員が、移住を希望した。


 この甘い処置は絶対将来の禍根になることが見えていた。

 また善意に押し切られた。

 最近、俺は善意にやられっぱなしだ。


 彼らはその善意が裏目にでたとき……どうするのだろうか。


 気を取り直して、現在の正確な数値の報告を俺は求めた。

 その結果が今回の報告。


 猫人が204名、完治10名、死亡41名、重篤者90名。

 治療従事市民78名 、死亡1名。


 これは、町の広場に張り出すことにした。

 今は緊急事態で、情報を与えないと市民が不安になるからだ。


                  ◆◇◆◇◆


 疫病対策もある程度軌道に乗ったが、町の運営も自転車操業になってしまっている。

 治療費とか馬鹿にならない。

 服も使い捨て、金がみるみる減っていく。


 俺の計画全部パー

 だが、金貨を鋳造するのは時期尚早だ。

 目立ちすぎるからだ


 おかげで都市の力が、疫病対策に全振りになってしまっている。

 他の事業にも、手をつけられていない。


 最近、ため息ばっかりついている。

 だがため息ばかりでは始まらない。

 やれることをやらなければならない。


「キアラ、本家に依頼したいことがあります」


「何でしょうか? 古い石鹼はもう全部送ってありますわ」


「いえね……昔に使徒が持ち込んだ植物は、大体どこかに残っているはずなのですよ」


「でしょうね」


「そこで、産地の違うジャガイモを手配してもらえないかと。

そうすれば石鹼を作るより、優先事項が増える。

と兄上たちに伝えてください」


 ジャガイモは南米原産だから、本来ならここには自生していない。

 だが使徒が、絶対に持ち込んでいるはずだ。

 たまには役立ってもらおう。

 キアラが吹き出した。


「石鹼で脅すのですか。

分かりました。

ですが異なる産地を指定する理由は何でしょうか?」


 そこで俺は、プロだろうと勝手に当たりをつけているミルを頼りにする。


「ミル。

植物が同じ茎から派生したものか分かりますか?」


 ミルは俺の意図が分からない顔のままうなずいた。


「え、ええ。

人の顔を見分けるように、差は分かるわよ。

それがどうかしたの?」


「植物にも病気があります。

同じ茎から派生したものは、一つの病気にかかると全滅しますよ」


 ミルが驚愕の表情をみせた。


「ちょ、ちょっと、何で知っているのよ! 植物の病気なんて、エルフしか知らないわよ!」


 こっちの方面も、まるで進歩してないか。

 アイルランドで、ジャガイモ飢饉があったのさ。

 それを知っていたから、この発想に至った。

 キアラは何を今更といわんばかりの顔をする。


「お姉さま……お兄さまですよ?」


 ミルが納得した顔になる。


「あ、そうね……。

アルだったわ……」


 それで納得するのかよ。

 キアラも俺の意図は理解したようだ。


「食料の安定供給の施策ですのね」


「そう、頼めますか?」


 キアラは、ニッコリ笑う。


「勿論ですわ」


 ジャガイモは栽培が容易だ。

 ここらで手を打っておきたい。

 疫病と食料のこと考えたら、ジャガイモ飢饉のことを思い出しただけなのだけどね。

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