159話 石鹸イノベーション
さらに2週間経過
猫人の死者は合計20名。
そして、恐れていたことがついに起こってしまった。
治療をしていた犬人の1人が油断した。
デスピナの診断と風呂を数日さぼって感染してしまったのだ。
現地は当然大騒ぎ。
その犬人は治療所に移送された。
症状は予断を許さないとのこと。
俺は深いため息をついた。
犬人の代表であるエイブラハムが俺の所に陳謝に来ていた。
「ご領主、申し訳のしようがない。
あれだけご領主が注意されていたのに……」
俺は手を振った
「謝罪は不要です。
結果として許可を出した私の責任なのですから」
「いや、われわれが押し切ったのだからご領主の責任では……」
俺は首を横に振って、エイブラハムを制止した。
「最終的な許可を出したのは私です。
それより、以降規律の徹底をお願いします」
エイブラハムが驚いていった。
「続けてもよろしいので?」
「治りかけの人を放置して引き上げる、もしくは治療に出ている人たちを全員締めだすわけにもいかないでしょう」
「では、ご領主は最初から……」
ここで油断されては困る。
俺は強めの口調で言った。
「いえ、状況次第では強引にでも止めますよ」
エイブラハムが俺に深くお辞儀をした。
「ご領主の温情、一同に伝えて指示徹底します!」
エイブラハムはそう言い残すと走って出て言った。
◆◇◆◇◆
その後、俺はがっくり肩を落としてしまった。
それを見てミルが心配そうに言った。
「アル。
気にしないでとは……言わないけど。
辛かったら私がいるからね」
ミルにお礼を言おうとすると、廊下を激しく走る音がしてオニーシムが入ってきた。
目の下にくまができていた。
ずっと没頭していたらしい。
「ご領主、やったぞ!」
おお、ついにやったか。
棒のようなものを握っている。
勢いよく俺は立ち上がる。
「やりましたか!」
「おうとも、匂いを嗅いでくれ!」
棒状の石鹼の匂いを嗅ぐと臭くない。
「汚れは落ちますか?」
「あたぼうよ」
どこの言葉だよ。
それよりも確認だ。
俺はキアラに石鹼を渡す。
「キアラ、ちょっと試してもらえますか?
書類仕事で手が汚れているでしょう」
キアラは笑顔で受け取った。
「わかりましたわ」
俺が嬉しそうにしているのを見て、上機嫌で出ていった。
「お見事です、どうやって作りましたか?」
「無茶苦茶、試行錯誤したが……実に楽しかった。
実は、子供のアイデアでな。
ねっとりした植物油、オリーブだったかな。
それと海藻の灰を混ぜたものだ。
灰も片っ端から試してな、これも子供のアイデアで海藻を灰にするのを思いついた」
ありがとう子供たち。
自力でそこにたどり着いてくれたか。
泣きそうなくらい嬉しかった。
「量産は可能ですか?」
フンスとオニーシムが胸を張った。
「既に始めている。
3日後にはある程度まとまった数ができる。
シルヴァーナを駆り出して乾燥を手伝わせている」
偉いぞ喪女。
キアラは汚れが落ちた手をヒラヒラさせて戻ってきた。
「キアラ。
少しお願いがあるのですが」
キアラは俺が何かを企んだのを感じ取ったのだろう。
満面の笑みになる。
「ええ。
お兄さまのお願いなら断りませんわ」
「壺に入った大量の臭い石鹼がありますよね」
キアラが思い出して渋い顔をした。
「ええ、とても匂いますわね」
「貧民800名のお礼がまだでしたからね。
お兄さんたちに贈ってあげてください」
キアラがパッと笑った。
「あら、すてきですわね。
早速手配しますわ」
◆◇◆◇◆
それから1週間後
報告のあった港の倉庫の中で、アミルカレとバルダッサーレは鼻を押さえて硬直していた。
異臭のファンタジア。
誰も近寄ろうとしない。
大量の石鹼から発せられる香りが、魂を天に運ぼうとする。
アルフレードからの贈り物と聞いて、仕方なくアミルカレとバルダッサーレが確認に来たのだ。
あまりの匂いにバルダッサーレが涙目になっていた。
「こんな量の石鹼……。
アルフレードの仕返しですか!!!」
無表情のアミルカレが口を開いた。
「一体……」
バルダッサーレが怪訝な顔をする。
「一体?
一体なんですか?」
無表情のアミルカレが細かく痙攣し続けている。
「一体いつから、これが全ての量だと錯覚していた?」
「なん……だと……」
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