156話 賽は投げさせられた

 だが、このまま彼らの善意を暴走させる訳にはいかない。

 俺は手を上げて、全員の盛り上がりに水を差す。

 こんな所で、政治的コストを使う羽目になるとはな。


 政治は実績を積み上げていくことによってゲームではないが、コストがたまっていく。

 たまればたまるほど、物事は簡単に進む。

 権威のようなもので、コストがたまっているヤツに反対は難しいのだ。


 古代中国では「徳」なんて言ったかな。

 それが近いと思う。


 ただ各員の意向に反したり無理をさせるときには、コストを消費する。

 今のように皆が善意に包まれて突進するときに、足を止める場合がそれだ。


 善意の暴走の結果、被害が出たときは足を止めた行為によってコストがたまる。


『止めてくれたのに、被害を出してしまった』


 そう考える。

 ところがだ……事前に手を打って、被害を抑えた場合コストは減ったまま。

 いや、むしろ落ちる。


『もっと助けられたのに』。


 そんな思いを持ってしまうからだ。


 今後の統治を容易にしたければ、善意の暴走を余り止めない。

 想定される被害を、適度にコントロールすれば良い。


 今まで俺が掲げてきた『無駄な犠牲を出さない』このポリシーに従うのであれば、被害が出ないように徹底させる。


 ため息が出た。

 全員が俺を見ている。


 迷う必要はない。

 いや、迷ってはいけないのだ。

 今まで積み上げてきた犠牲を裏切ることはできない。


 俺は、やっぱり政治家には向いてないな……。

 冷徹な政治家なら、今後を考えて犠牲を許容するのが正しい道だ。

 その方が、最終的な犠牲は少ない。


 可能なら、犠牲は0に押さえたい。

 そのためには、暴走しかけている善意をコントロールしなくてはいけない。


「今回の作戦の参加者は全員、私が収束宣言を出すまで町には入れません」


 全員がどよめく。

 俺は、硬い表情のままだ。


「メルキオルリ卿。

私が指示する場所の関所を、宿営地にしてください」


 俺は自分を落ち着けようと、大きく息を吸った。


「今回の作戦に参加する人は、全て宿営地に住んでもらいます。

治療所との往復になります。

参加する人は、子供がいた場合は片方の親のみ参加できます。

子供がいる1人親の場合は、絶対に参加不可。

物資のやり取りは、宿営地近くに設置する受け渡し場所で行います。

決まった時間に、町からものを置いて宿営地側の人員が受け取ります。

どちら側も直接接触を避けてください」


 怒りを通り越して、人ごとのような気分になってしまっている。

 だが俺は、自棄になることは決して許されない。

 一呼吸置いて、再び口を開く。


「これはあくまで、一方通行です。

町から宿営地に物資を送るだけ、逆は一切認めません。

例外はなしです。

当然、使い魔の往復も不許可です。

人員の引き上げは、経過を見て指示します。

宿営地から町に、何かを伝えたい場合の措置を決めます。

物資の受け渡し場所付近に、伝達員を常駐させます。

伝達員との会話は、3メートルの距離を取ってください。

距離の測り方は、それぞれの側に、線を引きます。

そこから先にはいかないでください」


 一同を見渡す。

 今のところは、神妙に話を聞いてくれているようだ。

 今のところはな。


「そして宿営地の人間は、1日の終わりにデスピナさんの検査を受けてください。

作業員が感染して治癒しない場合は、治療所に移送します。

これまでの私の伝達事項が一つでも破られた場合、即時治療を中止して感染を抑止するフェーズに移行します。

これは治療中の人を、置き去りにすることを意味します」


 会議場は水を打ったように静まり返った。

 何で、そこまで? そう思っているのだろうな。

 トウコが挙手する。


「ご領主、そこまで必要なのか?」


 緊張感のない疑問に、俺の忍耐力はついに許容量を超えた。


 ドン!!!! 力一杯机をたたく。

 全員が驚いた顔になる。

 手の痛みを微かに感じる。

 それより声だけは冷静になるように、必死に抑えた。


「見えない敵が、どれだけ怖いか分からないのですか?

親、夫、妻、子供、友人が苦しみながら成す術もなく、死んでいくのを見たいのですか?

ゴミを焼くように……その人が処理されるのを、見ても良いのですか?

あなたたちは見えない矢が飛んでいる、戦場にいくのですよ!」


 更に、言葉を続けようとした。

 静かな声が俺を遮った。


 マガリ極悪婆だ。

 さすがに、罪悪感を覚えたようだ。

 だが、それならもっと早くに覚えてほしかった。


「なあ、皆。

坊やが本来は、アンタたちを守るために譲れない部分を無理に譲って許可したんだ

坊やはアンタたちに死んでほしくないのさ。

古い連中は思い出してみな、今まで坊やはずっとそうしてきたんだろ?」


 一同沈黙。

 誰も、この言動の矛盾に気がついてない。

 放火犯が消火活動をしているようなものだ。

 あまりの滑稽さに、俺はヒステリックに笑いたくなった。


 俺のそんな気も知らずに、アーデルヘイトが立ち上がって言った。


「必ず、アルフレードさまの言いつけを守ります」


 それに続いて、全員が宣誓した。


 賽は投げられた。

 いや、賽はられた。

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