155話 迷惑なライバル認定

 アーデルヘイトが俺に駆け寄って、強く手を握った。


「お願いします! 少しでも可能性があるなら……やらせてください!」


 君、自分の意志でないよ。

 そのように追い込まれたのだよ。

 だが、もう止まらない。

 熱意は坂を転げ出すと手のつけようがない。

 ほんと良くやってくれたもんだこのマガリ極悪婆


 マガリ極悪婆は肩をすくめた。


「恨むならアタシを恨んでくれて構わんよ。

アンタはそんなことで、納得しないだろうけど」


 そんなもので済む話ではない。

 アーデルヘイトがさらに強く俺の手を握った。


「お願いします!」


「あなたは自分の立場を理解していますか? 有翼族の代表なのですよ。

そんな人を死なせる訳にはいかないのです」


「いえ、代表は父です! お願いします!」


 ダメだ……。

 絶対にひかない。

 ほんとこのマガリ極悪婆め、この借りは高くつくぞ。

 俺は忌々しげに息を吐き出した。

 そうでもしないと暴発してしまう。


「アーデルヘイトさん、緊急で代表者全員を招集してください」


 アーデルヘイトは明るい顔になった。


「は、はい!」


 俺への返事もそこそこに、元気良く出ていった。

 思わずマガリ極悪婆を睨みつける。


「プランケット殿。

見事に嵌めてくれましたね」


 マガリ極悪婆がケタケタ笑った。


「何を言ってるのさ。

60近い婆が16歳の若造にしてやられたんだよ。

1本取り返さないと死んでも死にきれないさね。

それに坊やは冷静じゃないから、あんなのも引っかかるのさ」


 盛大にため息をつく

 そんなくだらない理由で、大勢を危険に巻き込むのか。

 いや、中世とは実はそんなものかもしれない。

 リーダーの感情で、集団が動く。

 合理性より、人情の世界。

 やっぱりどこかこの世界を、俺は甘く見ていたのか。

 今までが、あまりに順調すぎたのかな。

 自分を客観的に見ることで、多少は落ち着けた。


「勝手にライバル認定しないでくださいよ」


 婆とバトルなんて豪血寺一族かよ……。

 まさか……キスして俺の精気を奪わないよな。

 くだらないことでも考えないと、やっぱり激発しそうな俺がいる。


                  ◆◇◆◇◆


 張り切っているアーデルヘイト。

 してやったりのマガリ極悪婆

 完全無表情な俺。


 異様な空気のまま、会議が始まった。

 不本意だが、招集した理由を説明しなくてはいけない。


「アーデルヘイトさんが命懸けで、猫人を助けたいようです」


 一同ざわめく。

 皆が落ち着くのを待つことにする。

 できるだけ、善意の伝染が起こらないことを祈るばかりだ。

 無駄な祈りだろうが。

 皆が静かになったので、俺は再び重い口を開く。


「とはいえ、奇跡はありません。

助けられる保証もありません。

猫人が全員死んだ揚げ句、アーデルヘイトさんまで死ぬ可能性があります」


 アーデルヘイトが起立した。


「私から無理にお願いしました!」


 そんな言葉だけで、アーデルヘイト個人で完結などしない。

 難しい顔をしているチャールズが、アゴに手を当てた。


「どうするのですかな?」


 こんなときに冷徹なチャールズは頼りになる。

 善意の洪水には飲み込まれないタイプだ。

 俺の真意を読み取って、騎士団を動かしてくれるだろう。

 そっちの心配は不要なのが唯一の救いだ。

 本当にチャールズが来てくれて良かったよ。


 俺は感情を出さないように相当な努力をする。

 感情を出すと激発しそうになるからだ


「まず、猫人に最も近い砦を放棄します。

その砦には医療器具と調理器具、入浴用の器具を持ち込みます」


 一同のざわめきをよそに俺は不機嫌だった。


 不本意で押し切られても最善を尽くして、尻拭いをしなくてはいけない。

 本当に偉くなるものじゃない。


 自主的に始めたから俺は知らんってのは、あとで絶対に後悔する。

 善意の暴走を座視した揚げ句、被害を増やす訳にはいかない。

 手綱は握らないと危険だ。

 俺は何とか苛立ちを理性で押しとどめる。


「猫人の町の近くに矢文を数本打ち込みます。

内容はこんな感じです

我々に降伏するか降伏してでも子供を助けたいものは、武器を持たずに砦に来ること。

砦に来れば、食料、風呂の提供と病気の治療を行う。

ただし、全力は尽くすが必ず助かる保証はない。

そして砦に入ったら、死ぬか治るかしない限りは出られない。

それ以外の条件で砦を出たら、敵とみなして攻撃する」


 一同の騒ぎがさらに大きくなった。

 俺は手を挙げて一同を落ち着かせる。


「砦から町側に柵と関所を、突貫で作ってください。

もし猫人が砦から逃げてきたら問答無用で射殺してください。

そのあとは油をかけて焼きます」


 一同静まり返ったまま。

 俺は正面を向いていた。

 だが誰も見ずにただ文章を読み上げるように口を開く。


「砦内での食事の作成と治療はアーデルヘイトさん、1人で担当します。

比較的軽症の猫人にも手伝ってもらいます」


 全員が俺をガン見する。

 そこで俺はマガリ極悪婆を冷たく見る。


「プランケット殿、完治したか判別する方法はありますか?」


 マガリ極悪婆が考え込む。

 それを遮ってデスピナが挙手する。

 あれ、代表者だったかな……。

 疫病対策会議ときいて自主参加したのか。


「デスピナさん、どうしましたか?」


「私は回復術を使えるので、治ったか見ることができます」


 自分に子供がいることを理解しているのか?

 俺は首を振る。


「デスピナさんを危険にさらすことは認められません」


 デスピナがほほ笑む。


「いえ、私は魔族のクオーターです。

魔族は病気に非常に罹りにくいのです」


 罹りにくいなど……何の保証にもならない。

 もしものことがあれば、残された子供はどうする?

 アルシノエに恨まれて、問い詰められたとき……俺はどう答えれば良いのだ?

 この善意の洪水が始まりそうな予感に、俺はただ無力感に襲われていた。


「0ではないでしょう」


「いえ、病気に罹ったか魔法でわかります。

そして、罹り始めなら魔法で治ります。

ですので、私もお手伝いします」


 思わずジラルドを見る。

 ジラルドは黙ってうなずいた。


「妻にやらせてあげてください」


 盛大にため息をつく。

 どいつもこいつも……。

 どれだけの危険か理解しているのか。

 本当に善意ほど、周囲を危険にさらすものはない。

 とはいえ自分たちで考え決めたことを、俺がひっくり返す訳にはいかない。


 


 言い続けてきたことが、今になって俺に痛烈なしっぺ返しをしてきた。


「わかりました、くれぐれも体に気をつけてください。

作業に当たって服の処理も注意が必要です。

間違っても洗濯はしないように。

脱いだものは必ず焼き捨ててください。

死体も同様です。

葬儀はせずに、ただ焼却処分してください」


 激流に流されるボートを、俺は必死にこいでいる愚か者に思えてきた。

 ヒステリックに笑うとすれば今なのだろうな。

 だが、正気と冷静さを保たないといけない。


「柵の前で臨時の入浴場を作ってください。

体の汚れも落とさないと感染の危険があります。

1日の終わりに医療従事者はそこで入浴を。

石鹼は臭くて使いたくないでしょうが使ってください。

あとで匂いを取る香水も用意させます。

そのあとで宿泊施設である宿営地に戻ってください」


 石鹸は動物性の油から作っている。

 だからとても臭くて、皆使いたがらない。

 だが、こんな状況ではそうもいかない。

 自分の感情を、無理やり抑えるのがこれほど疲れるとは……。

 どっと疲労感が出て椅子にもたれ掛かる。


「ざっとこんなところです。

あと細部を詰めましょう」


 トウコが手を挙げる。


「俺たちも病気には罹りにくい。

デスピナには感染の治癒と検知に専念してもらおう。

それ以外の力仕事は我々も手伝う」


 俺が反対しようとするとトウコに遮られた。


「昔は協調していた仲だ、見捨てるのも寝覚めが悪いのだ。

ご領主、ダメと言ってもやるぞ」


 とんでもないことを言い出してくれた。

 おかげで犬人と狼人、マガリ極悪婆の一族も協力を申し出た。

 アーデルヘイトは感動して、人目もはばからず泣いている。

 皆が無邪気に盛り上がっている。


 この場の雰囲気にとても染まる気にはなれない。

 俺は皆を危険にさらすと知って、この作戦を許可することに……忸怩たる思いで一杯だった。

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