第5章 自然との闘い

132話 忘れられたビックウエーブ

 結婚してから、インフラや行政機構の整備に専念している。


 地域平定したら、新婚旅行だな。

 俺の生活としては、ミルと俺の何かの意識が変わった。

 悪い方ではなく、お互いをより知ろうとする方向にだが。


 正直に言うと、数日間は思考が止まっていた。


 結婚してからド忘れしていたことが一つあった。

 別に忘れようとしたわけじゃないのだ。


 ただ結婚生活で、妙に浮かれて……他のことが頭に入ってこなかった。

 ビックウエーブ作戦。


 イノシシの話をミルに聞かれたときだ。

 一瞬何のことだっけという顔をしてしまった。

 ミルが久々のジト目で、俺を見ている。


「アル……もしかして忘れていたの?」


「新婚生活で舞い上がって忘れていた……」


 ミルに思いっきり笑われた。


「仕方ないわね。

皆にはバレないようにしてよ」


 頭をかいてごまかすしかなかった。

 ミルは、ニッコリ笑った。


「結婚前はとんでもない人だと思っていたけど……。

結婚すると、ちゃんと同じ人だなって分かるようになったわ」


 俺は人だよ……。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日の代表者会議の席上に、こっそり仕切り直しを企む。

 チャールズに、旧農地にたむろするイノシシの数を確認した。

 斥候を使って数の調査は継続しているからだ。

 俺の質問にチャールズは、ニヤリと俺に笑いかける。


「新婚ボケから覚めましたか」


 言い返せん……。

 チャールズが笑いながら裏話をし始める。


 開発が始まってから働き過ぎだのだ。

 新婚ボケくらい良いだろう。

 そう言って、皆が見逃してくれていたらしい。


 バレていないと思ったのは、本人だけだった。

 不覚だ。


 チャールズは一転して、真顔になる。


「斥候の報告では、かなり増えてますな。

分布も広がっているようです」


 予想外の速さか。


「もしかしたら、もっと早く始まるかもしれませんね……」


 想定される事態には、手を打っておく。


「キアラ、本家と交渉をお願いします。

イノシシの干し肉と、調味料や野菜の交換が可能かです」


「あら? 本家と交換するのです」


「だって皆さん……。

ずっと、イノシシの肉で満足ですか?」


 一同硬直。

 先生が天を仰ぐ


「それは勘弁してほしいな……。

朝もイノシシの肉。

昼もイノシシの肉。

夜の酒のつまみがイノシシの肉。

拷問だろ」


「ヴィッラーニ夫妻はイノシシの肉の調理などを、経験者から調べておいてください。

オラシオ殿、トウコ殿、ローザ殿と共同して狩りの準備を始めてください。

エイブラハム殿はこちらの農地への侵入を防ぐ方策を策定してください。

犬人は人数が多いですからね。

防衛には適任でしょう」


 俺の指示に全員がうなずいた。

 ただ、これにはもう一つ条件がある。


「狩り過ぎないようにしてください。

他の場所にも突進してもらうので」


 トウコが腕組みしてうなる。


「自然の怒りを利用するのか。

恐ろしい話だな」


 正直いい手段ではないので気乗りしない。


「余り人が手を出す領域ではないのですがね」


 疑問があるらしく、エイブラハムは首をかしげている。


「巧妙な策だと思います。

この策のデメリットは何でしょうか」


 彼にしてみれば、妙手に見えたのだろう。

 ちょっと難しいのだよ。

 俺は渋い顔をして腕組みする。


「長期的な他部族への影響が読み切れなくなるのです」


 エイブラハムは、まだ首をかしげたままだ。


「読めなくなるとは?」


「イノシシに農地を荒らされて、どう動くか。

魔物を抑えている魔族の力が弱まって、地域全体が混迷しないかと」


 エイブラハムが納得したようにうなずいた。


「この地域全体に影響を及ぼすわけですか。

確かに全ての集団も把握できていませんからね。

つまり禁じ手ということですな。

イノシシが禁じ手など、真顔で言っても普通は笑われますけど」


 そういうことだよ。

 実際は、もっと危険な罠が待っている。

 現時点で、それを煽り立てても仕方ない。


「まさに緊急事態だから切ったカードです。

それより恒常的な食糧の増産をしないといけません」


 ルードヴィゴが珍しく挙手した。


「そろそろ新しい街の建設をして、耕作地を増やす必要があると思います。

イノシシを狩るにしても、町から毎回狩りに出ていては遠いですから」


「当面は町の原型になる宿営地を建設しましょうか。

兵士を駐屯させて、農業にも従事でしょうね」

 

 一種の屯田兵だが、この場合はそれが一番良い。

 チャールズが興味深そうに身を乗り出した。

 宿営地の話は以前からしていた。

 内々に計画は立てているだろう。


「取り掛かりますか?」


「そうしたいのですがね。

まずイノシシが落ち着いてからですね」


 先生がため息をついた。


「これイノシシが、夢に出てこないだろうな。

今日だけで何回イノシシって単語出てきたんだよ……」

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