129話 優秀な人は訳アリ物件

 深夜、横で幸せそうに寝ているミルを優しくなでながら、敵が本当に手を打ってこないか考えていた。


 ああ言ったものの、どうにもすっきりしなかったからだ。

 自分の考えが、常に正しいなんて思ってもいない。

 思考の見直しも必要だ。


 俺たちの飢餓を待っているのか。

 猫人は、俺たちが祭りか何かの準備をしているのは知っているはずだ。

 食料が足りないのに、そんなことをするのか

 つまり、何か食料のアテがあると推測されているはずだ。


 では、そうなったらどうする気か。


 移民の暴動を誘発させて、同時攻撃をかけるか。

 それはない。

 今、移民は積極的に動く理由はない。

 そもそも効果的な連絡手段がない。


 では、奇襲をかけるか。

 奇襲自体が、難しいし分が悪い。

 さらに、前回の敗北のダメージが大きい

 ここで失敗すると、他の部族が猫人を差し出して保身を図るだろう。


 あとは忍び込んで、俺を暗殺。

 これもちょっと距離があり過ぎるし難しい。


 そんな中で、斥候を見えるように出してくるパターンは何だろうか。

 わざわざ、こっちの注意をひかせている。

 いつ猫人が攻撃されるか不明。

 攻撃されない選択肢は、ほぼない。


 可能性として残るのは一つだけ。

 猫人のテリトリーに引き込んで、こちらを壊滅させるか敗走させる自信があるのだろうな……。

 地形上で強烈なトラップがあるのかもしれない。

 そのために、わざと姿を見せて引き込もうとしている。


 なので防備を固めて、軽々しく手を出さないのが正解か。

 そう考えているうちに、意識がなくなっていった。


                  ◆◇◆◇◆


 結婚式と祭りまであと2日、そんなときに船が入港してきた。


 喪女シルヴァーナが、港に走っていったらしい。

 多分、喪女シルヴァーナの師匠の家族だったかな。

 ミルも同じ結論に達したらしい。


「ヴァーナが走っていったけどお師匠さんなのかな」


「多分、そうでしょうね」


 しばらくしてミルの感知に、何か引っかかったらしい。


「アル。

ヴァーナがきたわよ」


 黙って俺はうなずいた。

 すっかり、屋敷の感知はプロレベルになっている。

 植物が感知できるものがいたら、全てミルの知るところとなる。

 そして慌ただしい足音とともに、喪女シルヴァーナが駆け込んできた。


「アルぅぅぅ! お師匠さまたち来たわよぉぉぉ!」


「今、どこに?」


 喪女シルヴァーナも、屋敷を結構自由に使える。

 ギルドの窓口兼俺の友人ってポジション。

 かなり融通が利くようになっている。

 冒険をしていたころに比べれば、比較にならない程待遇が良い。

 居心地がいいようだ。

 娯楽と酒が少ないことを除けばだが。


「いつもの応接室よ」


「では、伺いますか」


「私が今日は、お兄さまについていきますわ」


 キアラと親衛隊のアレ・アホカイネンを連れて、その師匠と面会することにした。


                  ◆◇◆◇◆


 部屋で待っていたのは、ベテラン冒険者って感じの人だった。

 赤い髪と、赤い目をした人間の逞しい中年男性。


 隣にいるのは、奥さんだろう。

 黒髪、黒目で、30前後の人間女性。

 意志は強そうだが陰のある顔をしている。


 夫婦に間に挟まれているのは子供。

 赤い髪に、黒いメッシュ、黒目で5歳前後の人間の女の子がいた


「ようこそ、ラヴェンナへ。

領主のアルフレード・デッラ・スカラです」


 喪女シルヴァーナが、口を開く。


「あ、紹介するわね」


 中年の男性が手でそれを止めた。


「いや……シルヴァーナ、挨拶くらい自分でできるよ。

ジラルド・ローザです」


 女性が続けて一礼する


「デスピナ・ローザです」


 女の子は、母親の後ろに隠れている。

 母親が子供を見て小さくほほ笑んだ。


「この子はアルシノエ・ローザです」


 俺は三人に着席するよう促す。

 座って、お茶とお菓子が出されるのを待った。

 アルシノエの目がお菓子に釘付けとなっている。


「どうぞ遠慮なく。

そのために出したのですからね」


 俺の言葉にアルシノエはお菓子を頰張り始めた。

 では本題に入るか。


「シルヴァーナさんのお師匠さんとそのご家族ですよね」


 ジラルドが背筋を伸ばした。


「はい。

冒険者としては、もう最前線では働けませんが……。

それでも何か力になれるとのお話ですので、有り難くお世話になりにきました」


「冒険者として培ったノウハウを生かしてほしいのです。

市民たちが自分の身を守れるように、訓練が当面のお願いになります」


 ジラルドが、少し緊張した感じで答えた。


「勿論です。

喜んで働かせてください」


「そのあたりはシルヴァーナさんと……あとで紹介しますが、軍事面の責任者とお話していただければと」


「わかりました」


「働かれるのは、ジラルドさんのみで大丈夫ですか?」


 ジラルドとデスピナが、顔を見合わせてうなずいた。


「できればデスピナにも、仕事を頂けないでしょうか」


「お子さんは大丈夫なので?」


 アルシノエはお菓子を頰張るのをやめて、デスピナの手を強く握る。

 デスピナが、アルシノエを見て安心させるようにほほ笑んだ。

 アルシノエはまたお菓子を頰張り始めた。

 実にほほ笑ましいな。

 幼女趣味じゃないぞ。

 純粋にほほ笑ましいだけだ。


「ここは子供にとって安全だ……と。

シルヴァーナから聞きましたので大丈夫です」


 にしてもいきなり来て子供1人ってのはなぁ。

 不安になると思うが。

 まずは話を聞いてからだな。


「ちなみに……デスピナさんは何ができるでしょうか」


 デスピナも緊張しているようだ。


「私は、回復術と文字の読み書きができます」


 自然と俺の眉間にしわが寄る。

 そこまで、優秀な人が何でリタイアしているのだ?


「すみません。

少し……込み入った話を伺ってもよろしいでしょうか」


 デスピナがさらに硬くなった。


「はい、どうぞ」


「デスピナさんはそこまで優秀なら引く手数多なのでは?

わざわざこんな辺境にくる必要もないと思いますが」


 今まで黙っていた喪女シルヴァーナが、身を乗り出す。


「ピナ姉さん、ここは種族とか無関係なところだよ。

向こうの常識は、ポイ捨てして平気よ」


 種族? 人間じゃないのか。

 ぶっちゃけ……どうでもいい話なのだが。

 デスピナは喪女シルヴァーナを見て小さくうなずく。

 そしてジラルドともうなずき合った。

 デスピナが決意した表情になっている。


「私は魔族とのクオーターです。

余り人と区別はつきませんが……ちゃんと残っています」


 と言って髪をかき上げる。

 わずかに角の跡らしきものがあった。

 切り落としたのか。

 だが……魔族って確か使徒のハーレムにもいたはずだろ。

 種族としては公認されているはずだが。


 俺の思案顔を見て、喪女シルヴァーナが咳払いをした。


「アル。

貴族だから知らないだろうけどさ。

魔族って種族としては公認されているけど、一般人からは避けられるのよ」


 なるほどね。

 色々とあるのか。

 世情には残念ながら疎いのだ。

 所詮は大貴族のボンボンである。


「そのくらいですか? 他に何かあります?」


 俺が余りに軽く言ったので、デスピナが驚いて固まってしまっている。

 ジラルドも固まっている。

 喪女シルヴァーナが笑い出す。


「お師匠さん、アルに外の常識なんて通じないから」


 まるで、俺が非常識みたいな言い方しやがって。

 喪女シルヴァーナにだけは言われたくなかったよ。

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