128話 嫌だからこそ計画を練る

 部屋に戻って2人きりになるとミルが俺の隣に座った。


「アル。

猫人の狙いって何だと思うの」


「実のところ……何とも。

現状判断材料が少なすぎる。

皆の判断を否定する材料は、全くもってない」


 ミルが驚いたようだった。


「アルでも分からないのね」


「妄想なら幾らでもできるけど。

根拠の提示を求められるとできないからね」


 ミルは俺の真横に腰かけて聞いてきた。


「どんな妄想?」


「猫人はどうやって、俺たちの情報を手に入れようとするのだろうね」


「うーん。

斥候にしても限度があるわ。

交流も今はないからね。

誰か忍び込ませようとしても、すぐバレるわね」


「そう。

では知らないまま怯えて暮らすのか? 逃げるのか?」


「自分たちの土地には固執していたみたいね」


 ミルは猫人とのやり取りを思い出していたようだ。


「猫は家に住む話の人型バージョンかもしれないわね。

猫さんたちは何もしないでいると……いつか私たちに攻められる。

そして勝ち目はないと思っているわよね」


「ではどうするか。

俺たちが何を考えて、どうするつもりなのか知ろうとするだろう」


「そこから考えるのね」


「相手のことを知らないと、正しい戦略は考えられないよ」


 ウンウンとミルがうなずいた。


「そうね。

アルはずっと相手を知ろうとしているもんね」


「人に変装したとしてもさ、俺たちの町って横のつながりが強いからバレるんだよね」


「そうね、誰とも関わりがない人は……いない感じだものね」


「もう一つの可能性は、本家と往来で来ている船。

それもこっちの内情には深く潜り込めない」


「入り口で止まっているものね。

それに森の奥にいる猫人と関係あるとは思えないしね」


 そこで俺は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「残る可能性は、使い魔と有翼族くらいかな」


 驚いた表情のミル。想像もしていなかったか。


「使い魔を潜り込ませているの?」


「シャットアウトは完全にできないからね。

可能性はあるよ。

野良猫全部追い出せる? 一部の野良猫は使い魔だと思うよ」


 ミルはもうちょっと、詳しく知りたそうだ。

 俺の手を握ってくる。


「後有翼族って?」


「巡回網を避けて、ある程度までは近寄れる」


「それでも分かるものなの?」


「遠くを見る魔法を、そこから使えばね」


 まだ今一納得がいかない感じのミル。


「でも有翼族が、猫人にそこまで協力するのかしら?」


「情報収集くらいなら手を貸すよ。

彼らも俺たちの動向は知りたいだろうし」


「なるほど……アルはどっちだと思うの?」


「両方だな。

合わせると精度の高い情報がとれる。

どこに使い魔を送ればいいか分かるしね」


「何でそう思うの?」


 そこで俺は過去の記憶を思い返してもらうことにした。


「町の襲撃のときだよ。

どうして俺たちのいた部屋を、ピンポイントで狙えたと思う?」


 そうだったといった顔のミル。


「ああっ! もしかして屋敷の中にも?」


「いや、それはないだろう。

それならミルの索敵網にひっかかる。

屋敷に猫はいないから入ってきたら察知するだろ」


「外までってことね……。

じゃあ、どう来るのかしら」


 俺は、ちょっと教師臭い感じに言った。


「まず、彼らにとって時間が敵か味方か。

どう判断するか」


「時間は敵じゃないの?」


「ビックウエーブ作戦を知らなければ当然だけどさ。

俺たちの方は先に移民が増えて、食糧がなくなって自滅すると思うよ」


「それが漏れていたら?」


「こっちを責める前に、イノシシの大群に対処する準備するだろうね。

彼らの主眼は、自分の家を守ることだし」


 ミルは可愛らしい感じで首をかしげた。

 大人の女性ではあるが、たまに少女っぽいところもある。

 これがまた可愛い。

 おっと鼻の下を伸ばすのは後にしよう。

 俺の煩悩に気がつかないミルは首をかしげる。


「イノシシの対処に準備していたら、どう違うの?」


 美人ってこんなのも絵になるんだよなぁ……と思ってしまった。


「放置された農場を監視する。

もしくはイノシシを駆除する」


「それで漏れていないと思ったのね」


「そう。

偵察は、こっちの食糧が尽きるか見ている。

その可能性を調べている」


「分かるものなの?」


 ピンとこないだろうが……。

 外からでも、情報は結構分かるものさ。


「食料が減ったら、巡回が減るか食料調達が露骨に増えるからね。

外からでも分かるだろ?」


 ミルはため息を尽きつつ、俺に寄りかかってくる。


「はぁ。

やっぱり、アルの世界には届く気がしないわ……」


「そのうち届くよ。

ミルは特に、俺の一番近くにいるんだからさ。

ミルが俺を観察するように、俺は世界を見ているのさ」


 ミルはちょっと頬を膨らませる。


「無理な我が儘なのは分かってるけど……。

アルには私だけをずっと見てほしいわよ。

今は無理だけどね」


 俺は黙って肩を抱き寄せる。

 ミルはそのまま体を預けてきた。


「だから2人きりのときはそうしたいと思っているよ」


「そうね。

多分は力になりたいから、一杯考えているけど……。

いつも難しいことばかり考えてないわよ」


「そうなのか?」


 ミルはほほ笑んだ。


「今は結婚式で、頭が一杯。

やっぱり正式なお嫁さんになるのって、すごく嬉しいしね。

今まで一人だったもの。

家族ってすごい憧れていたのよ。

それもこんなに素敵な旦那様ができるなんてね。

これで堂々と所有権を主張できるわ」


「今でも主張できるだろ」


「違うものなのよ。

旦那さま」


「そうなのか? 奥さま」


「そういうものなのよ。

じゃあ、結婚式は大丈夫そうかな」


「だといいが……。

祭りと見て、攻撃してくる可能性もある」


 ミルの声のトーンが低くなる。


「それをやられたら、さすがに私も本気で怒るわ」


「今のところ、大同団結はないだろう。

攻められても撃退は簡単だよ」


 ミルが俺に抱き着いてきた。


「なら良いけど。

戦いでの犠牲者を無視するアルは見たくないけど。

気にしすぎて苦しむ姿も見たくないわ」


「ああ……ゴメン。

性分なんだよ……。

嫌だからこそ計画を練るんだ」


「分かってるわ…。

それとは違う話だけど。

アルの考えって、さっきの会議での内容とズレてるよね」


 やっぱ、気がつくか。

 ミルに誤魔化しはきかないな。


「そうだな」


 ミルは一旦俺から体を離して、真剣な目で見つめてきた。

 それでも片手は握ったままだ。


「でも……アルは何も言わなかったよね。

どうして?」


「そうだな……。

失敗しつつ前に進んでほしいんだ」


「失敗してほしいの?」


「ああ、常に成功だけだとさ……。

失敗を極度に怖がるようになる。

そして失敗は悪になってしまう」


 ミルは少し考えて小さくため息をついた。


「そうね。

そうかもしれない」


「それと……一度も転んだことがない人は転んだら、すぐには起き上がれないよ」


「どうして?」


「また転ぶのが怖くなる」


 ミルは、目をつむって少し考え込んだ


「うん、何となく言いたいことは分かった気がする」


「そしてあの選択でも結果として被害は出ないからね。

的外れでもないのさ」


「そっか、少しホッとしたわ」


「責任は俺が取るから、気にせずに……」


 しゃべっている途中で、ミルに人さし指で唇を止められた。


「俺じゃないわよ……よ。

私を外さないでね」


 全く敵わないな。


「そうだなだったな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る