120話 音までセットです

「騒動の規模は?」


「広場で男が1人、犬人の子供にナイフを突きつけて喚いています」


「分かりました。

メルキオルリ卿はマシアさんを、家に送り届けてください」


「ご主君は?」


 俺は部屋をるところで振り返った。


「現場に向かいます。

この騒動の中、女性を1人で帰らせる方が問題です」


「承知しました。

ですが、くれぐれもお気をつけて!」


 俺は、黙ってうなずくと走りだしていた。

 1人か……。

 不幸中の幸いだが、子供を人質。

 ただで済むとは思うなよ。


                  ◆◇◆◇◆


 広場に到着すると、俺を見て皆が道を空けてくれる。

 そのまま、群衆の前に出る。


 移民の1人が犬人の子供を抱えナイフを突きつけて、何か喚いている。

 子供は恐怖で固まっており、母親らしき女性が騎士に押しとどめられている。

 俺が前に出ようとすると、現場で周囲を隔離していたチャールズに止められた。


「ご主君危険です!」


 だが俺は首を横に振って、さらに前に出る。

 人質を取っている移民に話しかける。


「今来たばかりなので、何を言っているか分からないのですよ。

もう一度最初から言ってくれませんかね」


 男は血走った目で息が荒い。

 どうも興奮しているな……。


「お、お前は領主だったな!」


「ええ。

その子を離してもらえませんかね」


 よくドラマである震えながら、ナイフを突きつけているポーズになっている。

 マズいな、一刻の猶予もない。


「馬鹿言え! そんなことをしたら、俺は殺される!」


 そのくらいは分かるのか。


「なら私が、代わりになりますよ。

その子を離してください」


 周囲がどよめく。

 移民は唾を飛ばしながら叫ぶ。


「お前が来たら放してやる! こっちに来い! 武器なんてもってないだろうな!」


 俺は、黙って両手を上げて1回転。

 そもそも武器は携帯してない。


「ようし、ゆっくりこっちに来い……」


 両手を上げたまま歩く。

 男との距離が2メートルになった瞬間、移民が俺を人質にしようとして突っ込んできた。

 子供は離れたな。


 この前作った男のロマンPart2。


 ライトセイバー。

 筒状のグリップを依頼したのは、そのためだ。

 短いし武器に見えない。

 ポケットに入れてある。

 この世界だとマジックセイバーなのだろう。


 アレって、映画を見ていたからイメージしやすかった。

 そのイメージを投射するだけだから、殺人光線よりずっと簡単に制御できる。

 何もないところに、光線の領域を作るのは、結構手間なのよ。


 グリップから伸ばすのであれば、起点と幅が定まっていて、あとは長さだけ。

 魔法は領域を制限すれば威力は増す。


 こいつは魔力を使った高圧レーザーの剣。

 10分が限界でそれを超えると、余計な力が噴き出てくる。


 アレのイメージが強すぎて……出すときと振るときに、あの音までセットでついてきている。

 そうさ! アレを子供の頃に見いていたオッサンさ!


 ブォンと音がして赤い光の棒がグリップから伸びる。

 移民は驚いたが、止まれない。

 慌ててナイフを突き出す。


 俺は体をずらして、ナイフを避けつつマジックセイバーを横薙ぎに振った。

 完全に避けきれずに、ナイフが体をかすめる。

 

 ブォンとあの独特の音がなって、光の剣が男の胴体を通過した。

 

 切るときの手応えは全くない。

 振りぬいたら何の抵抗もなく切れる。

 

 素振りをしただけで、軌道上の物体はすっぱり切れる。ある意味怖い武器だ。


 男の上半身は下半身と永遠の別れを告げて地面に滑り落ちる。

 下半身はそのまま倒れ込んだ。


 人を斬ったのは初めてだ。

 なんの感慨もわかない。

 俺は自分がどこか壊れていることを自覚している。

 だから驚きもしなかったが。


 一種の高圧レーザーで焼き切るので、血がすぐには飛び散らない。

 崩れ落ちた死体から血が漏れ出した。

 加えて肉の焦げた不快な匂いを感じる。


 魔力の供給を切ると、あの音と共にブレードは消えた。

 グリップは熱くなっているが、火傷するほどではない。


 俺は突き飛ばされて、へたり込んでいる子供に駆け寄った。


「坊や、怪我はないですか?」


 母親らしき人が駆け込んできて、子供を抱きしめた。

 そうしたら、子供が恐怖を思い出して突然泣き出した。


 とてもいたたまれなくなって、俺は母子に頭を下げた。


「お子さんを怖い目に会わせてしまいました。

領主としての失態です。

申し訳ありませんでした」


 頭を下げると、周囲はまた仰天している。

 もう慣れたよ。

 母親が驚きつつ俺に深々と頭を下げた。


「い、いえ。

子供を助けていただいてありがとうございました」


 一応、ほかの移民へのアフターフォローをしないとな……。


「皆さん。

今回の事態は、1人の不心得者が起こしたことです。

新しく来た人たちは、ここの決まりに従おうとしている人たちばかりです。

この者と同じと思わないでください」


 周囲を見渡すと、皆うなずいた。

 あとは代表者たちに任せよう。


 帰ろうとすると、チャールズに怒られた。


「ご主君! 無茶が過ぎますぞ! 怪我までしているじゃないですか!」


 でも子供が人質だよ、一刻の猶予もないのよ。

 チャールズに指摘されて、痛みに気がつく。

 服が一部切れて胸の辺りから血が滲んでいた。

 緊張しすぎて気がつかなかった。

 大した出血でもないから、平気だろう。


「以降、注意しますよ。

それで彼は、何を言っていたのですか?」


「金と食料をよこせと。

あと船です、逃げるつもりだったのでしょうな」


「不満は述べていましたか?」


「獣人たちと一緒の立場が、我慢がならなかったようです。

詳しい調査結果は、後日ご報告いたしますが……」


「まだ何か?」


 チャールズが黙って屋敷の方向を指した。


 その方向から泣きそうな顔で走ってくる、ミルとキアラがいた。

 あ、やばい。


 超ロングバージョンのお説教コースだ……。

 チャールズを盾に逃げようとしたら。


 いねぇし! お前らどうしてそんなに逃げ足が速いんだよ!

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