111話 狩るしかない このビッグウエーブを

 執務室に戻って3人になってからも、俺の不機嫌は思いっきり顔に出ていたのだろう。

 ミルは恐る恐る俺の顔をのぞき込んだ。


「ねえ、アル。

半年後って何が起こるの?」


 マズいな……気を使わせてしまった。

 軽い調子で答えることにする。


「ああ、ごめん。

つい、他の領地の連中に腹が立ってね。

半年後にビッグウエーブが来るのさ」


 さすがのキアラも、意味不明といった顔をしている。


「何ですの? ビッグウエーブって」


「放置耕作地ってさ、イノシシとかが居着くんだよ」


 イノシシが何かといった感じで、キアラはまだ意図がつかめないようだ。


「それで?」


「イノシシが通常1日かかって得られる食料が、そこでは1時間で得られる」


 キアラは眉をひそめている。


「となると、一体どうなるのですの」


 俺は腕組みして、人ごとのように説明する。


「そりゃ、増えるだろうね……イノシシが大量に。

それはもう、とんでもなく。

万は下手したら超えるかも?」


 転生前であった獣害。

 こちらの動物は、あっちよりはるかに成長が早い。

 天敵となる魔物もいない。

 つまり、規模も桁違いになる。

 それを人為的に引き起こして、食料にする。


 ミルが引きつった顔になった。


「ええと……。

ア、アルまさか……」


 俺は、悪い笑顔になった。


「そのまさかさ。

付近の食い物がなくなったイノシシは、食料を求めて大移動ってやつだ。

狩るしかない、このビックウエーブを!」


 ミルは顔を引きつらせながらあきれるという、器用な芸当をしている。


「イノシシを狩るのって結構大変よ? 下手な矢もはじくし……」


「知ってるさ。

でも、仕方ないだろう……。

食糧がないんだ」


 キアラも、顔を引きつらせながら同意する。


「そ、そうですわね……」


「本当は放置耕作地を巡回するか、一旦潰して大量発生を抑えるつもりだったんだがね」


 ミルがため息をついた。


「そ、そうよね」


「で、こうなっては仕方ない。

このビッグウエーブを利用する」


「利用ってどうするのです?食糧以外に?」


 俺はさらに邪悪な笑みを浮かべる。


「イノシシさんたちはこっちにばかり来るとは限らないだろ? 地域全体で楽しい大混乱の始まりだ」


 2人は俺の意図を察して沈黙。


「ほんと……アルの味方で良かったわ……。

あ……里長に報告して良い? 警戒だけはしてもらわないと」


「勿論だよ。

これで不信感を持たれるけどね。

黙っているより、ずっとマシだ」


 最近、ため息ばっかりついてる。


「だから、やりたくなかったんだ……」


 後始末が大変だよ。

 食い荒らされた土地。

 生態系への影響。

 正常に戻すのに何年かかるか。


「別の領地の尻ぬぐいなんて、腹が立ちますわね。

いっそお兄さまが統治されればいいのに」


 俺は手を振って拒絶のポーズをとる。


「とても手が回らないよ。

今まではこの地域だけ見てれば良かった。

今後は世界地図を頭に入れないといけなくなったよ」


 キアラが、俺の考えに追いつけないようだ。

 あっけにとられている。


「世界ですか?」


「そりゃ今回みたいな影響を受ければ、視野を広げないといけない」


 俺は肩をすくめて天を仰ぐ。

 ミルが、ちょっと申し訳なさそうな顔をしている。


「できるだけ私たちも、力になるわよ。

どこまで力になれるかは分からないけど……」


「ああ。

2人がいないと、そもそも成り立たないよ。

最初っから頼りきっているよ」


 これは偽らない本心だ。

 能力とかではなく、2人がいるからこそ俺は妥協しないでいられる。

 ミルとキアラは、お互い顔を見合わせてホッとした顔をしている。


「あとは、何人受け入れ可能と出るか。

そして受け入れた移民が従順か……」


 キアラの顔が少し険しくなる。


「移民が文句を言うのですか?」


 思わず頭をかいてしまう。


「亜人より、人間が上。

そんな常識が有るところから、来るんだよ……しかも大量に。

人は群れると、気が大きくなるしね」


 キアラは未来図を思い描いて、うんざりした顔になった。


「たしかに…少数なら納得せざるを得ないですわね。

でも、大勢となると……」


「そう。

なので、幾人かは追放になるだろうね」


「事前に通知しておきます?」


 俺は首を振って皮肉な笑いを浮かべる。


「しても、長年染みついた常識はすぐには消えない。

人の醜い本性と、楽しい御対面さ……」


 俺は再び天を仰ぐ。

 醜い性根など鏡で見ることはできない。


「何か腹が立ちますわね。

お兄さまが受け入れるために、これだけ苦労されているのに……」


「ま、仕方ないさ。

逆に考えれば……ここでビシっとやっておけば、亜人たちの信頼は勝ち取れる。

そしてこの町の常識として定着する。

全部が悪い話ではないさ」


 俺のとってつけたような楽観論に、ミルは心配顔になった。


「それで、人間たちは納得するのかな?」


「腹が減っては、納得するしかないさ。

取り越し苦労かもしれない。

まずは用心しながら受け入れよう」


 2人は心配そうな顔でうなずいた。

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