110話 俺の時はトラブルばかり

 植物の名前は、一旦忘れよう。

 突っ込んでも、やぶ蛇にしかならない。


 虎人と犬人がいた地域にも、斥候を送って情報を集めるか。

 一カ所に固めるのはいいけど、デメリットとして影響範囲の縮小となるわけだ。

 町になりそうな所に、兵士が駐屯できる砦を作っていくのが良いだろうな。

 ゲームのようにポンポンできないので、砦の建築には1カ月くらいはかかる。

 木造だからこそだ。

 さすがに、石造りではもっとかかるけどね。


 現在、騎士の人数は30名。

 砦に分割して駐屯させても意味がない。

 それどころか…ある程度固まらないと戦力にならない。


 終戦間近に滑稽な話がでていたらしい。


 『皇軍100万健在。 決して降伏などしない。』


 仮に100万いたとして……。

 広い中国大陸に分散させている。

 その事実を無視して、総数にしがみついていた。

 数は集団であるからこそ意味がある。


 騎士は遊撃として、人間、狼人、犬人、虎人に駐屯してもらう形が良いな。


 それなら労働力を、多少削れば200人程度は確保できる。

 そうなると移動速度を計算できる道路の整備も必要。


 開発にしてもだ。

 単純に人口を増やして、労働力を確保しても食糧が追いつかない。

 人口の集中による防疫対策も欠かせない。

 軍事訓練もまだだ。

 冒険者のリタイア組を募集しているので、着手できていない。

 港も未整備だから、船も頻繁にやってこない。


 少し急ぎすぎたか。


 ゲームの影響を引きずると、このあたりの時間による社会の安定化を忘れやすい。

 社会の安定には時間がかかる。

 そして、行政機構もまだ再編途中。

 うかつに大量の人民が流入しても支えきれない。


 やはり、待ちの姿勢しかないか。

 ともかく可能なペースで貧民を手配してもらうか。

 にしても、世界の社会構成的に貧民が多いのが終わっているな。

 スカラ家自体は発展していてマシな方だ。

 他の地方は、もっとひどいのだろうな……。

 だからこそ、こんなラヴェンナ地方にも結構な数の人がいるわけだ。


 行政機構が育ってくれば、その人たちを開発する町に分散させる。

 開発のペースを上げられるのだがなぁ……。


 開墾による農地拡張と漁、狩猟によって食糧不足になっていないのが救いか。

 それは最優先で配慮しているからな。

 どんな高尚な理想も空腹の前には無力。

 衣食足りて礼節知るだ。


 焦って、余計な綱渡りなどしたくない。

 ゲームならロードしなおせばいいが、そうはいかん。

 俺の判断で、大勢の運命が決まる。

 考えすぎたら、胃が痛くなる。

 手堅くいこう。

 うん、それでいいな。


 と思っていると、キアラが本家からの手紙を見て渋い顔をしていた。


「お兄さま。

本家から……とても面倒な話が来ましたわ」


「面倒事の内容は?」


「スカラ家の隣のデステ家で、飢饉が発生したようです」


 そうなると話の内容は限られるな。


「本家が食糧支援でも要求されたかな?」


「ええ。

それによってスカラ家の備蓄と、領内の食糧流通も少なくなります。

王家からもデステ家に対して、スカラ家の支援を要請してきたそうです。

これは、本家の力を弱めようと便乗してきているのでしょう」


「それで?」


「食料が値上がりするので、貧民層が飢え死にする可能性が出てきたと」


 そういうことね。

 手紙の内容は理解できる。

 確かに仕方ないな。

  

「貧民をこっちに回したいと?」


「ええ……。

お兄さまが頑張って、皆を飢えさせないように苦心しているのを見ているので……。

とても腹立たしいのですが……」


「で、何人ほど、こっちに回したいと?」


 キアラはため息をついて、から口を開いた。


「800人ほどだそうです。

デステ家から流れてきた人たちも入っていそうですけど。

ハッキリ言って多すぎですわ」


 うへぇ……ウチの人口の半分以上じゃねぇか。

 確か、今いろいろ増えて、1500人くらいにはなっていたか。


「800人かぁ……」


 キアラが、申し訳なさそうな顔になった。

 キアラのせいじゃないよ。

 そんな顔をしなくていいのに。


「こちらの開発がやっと軌道に乗り始めたのは知っている。

無理強いはできないが、ある程度受け入れてほしいと。

最大で800人ですわね」


「本家のお願いを無下にはできないなぁ。

代表者全員を集めてくれ」


「はい」


 やれやれ、お隣さんの失態の尻ぬぐいか。

 自分の領民は、自分で守れよ。

 これだから、時間の止まったやつらは度し難い。

 正直かなりイラついていた。

 こっちは、犬人、虎人の住居もまだだってのに。


 移民はテント暮らしになる。

 亜人より自分たち人間を優先しろ、などと言われたらたまったものではない。


 転生モノって御都合主義だろう。

 俺に、都合の良いことが起こってもいいはずだ。

 ところが、俺のときはトラブルばっかりじゃねーか。


                  ◆◇◆◇◆


 そして、会議で、最大800人の受け入れを要望されていることを説明する


 一同ざわめく。

 先生が俺を一瞥する。


「で……坊主は、どうする気だ?」


「拒否はないと思っています。

ただ何人まで可能なのか、それを確認したいと思って招集しました」


 農業担当のウンベルト・オレンゴが起立した。


「今のところ食糧の備蓄はあります。

800人全員は難しいですね。

具体的な受け入れ可能人数は持ち帰って、計算しないといけませんが」


 漁業担当のジョゼフ・パオリが、そのあとに口を開いた。


「現在の人数に適応した分、農業の補助として取っています。

無限に漁獲量を増やせないので、明言は難しいです。

漁に出る人数を増やせば、100人分なら何とか」


 エイブラハムが挙手をした。


「狩りをする範囲を奥まで広げて、野草などを採集すればこちらでも100名程度なら、何とかなると思います」


 俺がぼやく。


「砦兼狩猟拠点を追加しますか」


 チャールズが、仕方ないといった感じで言う。


「しばらくは生きるために、食糧集めをせざるを得ませんな」


 一同に名案がなくて押し黙っている中、キアラがため息交じりに口を開いた。


「今からでは即効性はないけど、耕作地を増やさないとダメですわね」


 ところが無計画に食糧確保に走ると、あとで問題が出るのだよ……。


「狩猟も良いのですがね。

狩りすぎて森の生態系が壊れると、いろいろ問題が発生しかねませんね」


 ミルは俺の発言した内容が分からなかったようだ。

 不思議そうに俺を見ている。


「生態系?」


 俺は、皆にざっくりと生態系について説明することにした。


「食物連鎖の一部が少なくなると食物連鎖の上位が減って、下部の動物が増殖する。

そして自然も壊れるって話です」


 皆が考え込む。

 取りすぎてもダメ。

 でも現状は足りない。

 普通詰みだよね。


 元貧民のラボ・ヴィッラーニが、恐る恐る挙手する。

 俺は、無言で発言を促す。


「私も貧民でした。

今は領主さまのおかげで、社会の役に立てて自信も出てきました。

同じ境遇の人たちがいたら、できるだけ救ってあげたいのです。

勝手なことを言っているのは自覚しています。

元貧民層は食糧の配給が減っても構いません。

できるかぎりの受け入れをお願いします」


 まあ、そうだよな……。

 もう無関係とは思えないのだろうな。

 だが残念ながら却下だ。


「減らすのはダメですね。

あなたは良くても、他の人が全員納得するとは限りません。

そこで不満がたまると、かえって争いの元になります」


 彼はちゃんと我慢できる。

 だが全員が、そうだなんて幻想は持てない。

 食糧難に対処できる可能性はある。

 禁じ手中の禁じ手だが、懸けるしかないか……。


 俺は大きく息を吐いてから、全員を見渡す。


「数カ月……耐えられれば、ある程度は何とかなるかもしれません」


 全員が俺に注目する。

 また変なことを考えていると思われたかもしれん。

 だが、そんなことにはこの際構っていられない。


 俺は、俺の義務を果たすだけだ。


「狼人、犬人、虎人は農業もしていましたよね」


 オラシオが意味不明といった顔だ。


「していたが……今は放置されているぞ」


 放置されていることが狙いだ。


「1年とは言いません。

半年……持ちこたえるだけで計算してみてください」


 全員の頭に疑問符が出た。

 だが俺の言うことだから……とうなずいた。


 半年後で、何とかしのげるはずだ。

 ただ、食事内容が同一で飽きるのは仕方ない。

 内心のため息が止まらなかった。

 ホント勘弁してくれ。

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