109話 索敵能力向上の代償

 ある日、キアラが唐突に俺に身を乗り出して顔を近づけた。


「お兄さま。

殺人光線を私にも教えてください!」


 お前は一体なにを言っているのだ。


「殺人光線って……?」


 さも当然と言わんばかりに、キアラが胸を張った。


「襲撃者を一撃で仕留めたアレです」


 ああ、あれね。

 しかしそのネーミングセンスはどうかと思うぞ。


「一体どうして、殺人光線って名前に……」


「何か光の線が出て一撃必殺ですよね」


「いや……そうなんだけどさ……」


 キアラはにっこりほほ笑む。

 殺人光線でほほ笑むなよ。


「覚えれば役に立ちそうじゃないですか」


「不意打ちで使わないと無意味だよ?」


「手札は多い方が良いのではありませんか?」


 まあ、キアラの持ち技はナイフ投げと毒だからな。

 もう一枚手札が欲しくなる……のは当然だろうな。

 重装甲の相手に、手持ちのカードでは対処できない。


「分かった。

ただ……乱用するなよ」


「大丈夫ですわ。

お姉さまもどうですか?」


 ミルが拒否って感じで手を振る。


「私は火の魔力は通りが悪いのよ。

だから無理。

あと、アレ結構グロいのよ……」


 ミルは小さく身震いした。

 余り見ない死に方だしな……。

 キアラがなぜか眉をひそめた。


「あれって火でしたの?」


「ええ。

アルに聞いたから」


 キアラが拗ねた顔で俺を見上げる。


「ズルいですわ。

先に聞くなんて……」


 そんなところでも一番先にこだわるなよ。


 俺の殺人光線が一発芸なのは、使徒の力を封印しているからだ。

 魔法を使うと、力の門がやたら開こうとする。

 だから1発までなら抑えられる。

 連続だとちょっと危ない。

 連続使用はしないことにしている。

 剣も振るったら、何か力が出そうだし……。


 力を使わないのって、すごく不便。

 ゲームのようにON/OFFとはいかないのである。

 例えるなら、コップの水をこぼさないように歩いている感じ。

 慎重に振る舞う必要があるのだよ。


「ま、まあ……教えるから。

ほら、機嫌をなおしてくれ」


                  ◆◇◆◇◆


 部屋の中は危険すぎる。

 外に出て概念と炎の範囲を絞るように説明した。

 試行錯誤していたが、いきなり魔法の範囲を絞るのは難しい。

 イメージ構築は0・1秒以内にする必要がある。

 遅れると魔力が拡散して魔法として成立しない。

 構築が遅いと、魔力が収まらないのだ。


 まあ、そのくらいシビアでないと魔法が飛び交いまくって危険すぎる。


 その概念を、意識に刷り込むところから始まるのだ。

 思ったようにいかなくて、キアラは歯がゆそうだ。


「これ……結構難しいですわね」


「まず、範囲を意識するところからだね」


 しばらく挑戦していたが、疲労が見えてきたので今回は切り上げる。

 精神的な疲労は、肉体と違ってやりすぎて成果は上がらない。

 想像だけど……俺より強力な光線を使いこなしそうだ。


                  ◆◇◆◇◆


 屋敷に戻ると、索敵用の観葉植物に、水をやっているミルがいた。

 御機嫌のようだ。

 鼻歌まで歌っている。

 何の歌かは知らないがな。


「アハトの調子は良いみたいねー」


 優しく葉っぱをつつきながら、植物に話しかけていた。

 見ない方が良かったのか?


 こっそり、横を通ろうとすると見つかった。


 10秒間の沈黙……ミルは俺を凝視、視線を逸らす俺。

 ミルはエロ本を読んでいるところを見つかった優等生……のような顔をしている。


「み……見ていたの?」


「さ、さぁ。

今来たところだよ?」


 ミルは明らかに動揺している。


「そ、そう……。

と、とにかく……今見たことは忘れて!」


「ああ……俺は見てない! うん! 見てない! 聞いてない!」


 ミルの動きがピタリと止まる。

 再び10秒間の沈黙……。


 普段から想像もつかない力で、別室に引きずり込まれる。

 そして、すごい勢いで壁ドンされた。


「い、いい? あ……アレはね! 名前をつけて世話をすると、つながりが強くなるからやっているのよ!」


 コクコクとうなずく。

 ここは下手に突っ込んだら駄目だ。

 ミルはさらに顔を近づけてきた。


「変な人じゃないんだからね!」


 コクコクとうなずく。

 余計な発言はマズい。

 でも、どうしてもだ……。


「もしかして……全部違う名前?」


 聞かずにはいられなかった。


「当たり前じゃない! じゃないとちゃんと、つながりが持てないのよ!

植物にだって個性はあるのよ!」


 索敵能力が上がったのって、名前をつけたからか。

 裏技みたいなものだな。

 ある意味感心した。

 よく見つけたな、それとも……たまたまか?


「あ……いや……索敵能力も上がるなら良いんじゃないかな? それに……」


 俺の歯切れの悪い言葉に不穏な気配を感じたのだろう。

 ミルが俺から少し身を離す。


「それに?」


 大変申し訳ないのだが……。


「あんな感じでやっていたなら、多分……皆にバレているよ。

ここ娯楽が少ないからさ。

噂は瞬く間に……」


「ぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!!」


 初めて聞く絶叫。

 耳が痛くなった。

 執務室に戻ったミルが恐る恐るキアラに確認したら、露骨に視線をそらされていた。


 翌日……観葉植物すべてに、名札が張ってあった。

 ミルの字だったから開き直ったらしい。

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