108話 手は余裕があるうちに打つもの

 猫人に対しての当面の対処は決まった。


 砦の建築には、護衛を回す。


 それ以外にも知るべきことがある。

 他にどれだけの部族がいるのか。

 そろそろ、本格的に調べないといけないと痛感していた。

 最初は、勢力が狭くてそれどころではなかったのだが……。


 エルフの隠れ里の力を借りるのは、まだ難しいだろうな。

 あの力があれば、大体の分布をつかめる。

 だが、時期尚早だろう。

 彼らは人間に見つかったら終わりと思っているだろう。


 里長の権限で、ミルを送り出すのが精一杯と見るべきだ。

 外敵の干渉をはね返せると判断してから来るだろう。

 領主の俺の婚約者がエルフだからな。

 有力な地位は約束されていると思い、合流は急がないだろうしな。

 無理強いしてミルを板挟みになどしたくない。

 俺の個人的な希望だけでなく、ミルが苦しめばエルフたちは一層警戒してしまう。


 となると、地道な活動になるか。

 話を聞くのは一人だな。

 呼んだのはエイブラハム。


「領主殿、私に何か御用でしょうか」


 予想通り、犬族のリーダーだった。

 彼は優秀で理屈っぽい。

 なので俺の欲しい情報を握っている可能性がある。


「ええ。

オールストン殿に聞くのが、一番良いかと思いましてね」


「何でしょうか」


「森の奥に、他の部族はどれだけいるのか。

また魔物は、ここらでは見ていませんが……ここにはいないのか。

要するに地域の情報です」


「なぜ私に?」


 理屈っぽい人だから、理論立てて説明が必要だ。

 逆に言えば、納得さえしてもらえば積極的な協力が望める。


「虎人はそこまで、注意を払わないでしょう。

山を越えてきた話はありますので土地勘はあるでしょう。

ですが、周囲を探っての情報更新まではしていないでしょう。

猫人は多分知っているでしょうが敵です。

そして狼人は森の手前に住んでいて、犬人のテリトリーより奥の情報を得られないでしょう」


 エイブラハムは今一納得していないようで、首をかしげている。


「ですが、それは私が知っている理由になりますか?」


「あとは、単にあなたを見ての判断です」


 エイブラハムが俺を見る目が少し鋭くなった。

 敵意や警戒ではない。

 好奇心に食いつくような……そんな感じだ。


「と、おっしゃると?」


「オールストン殿は理論や筋道を重視されるかたでしょう。

そんな人が周囲の部族のことを調べもしない。

それは考えにくいのですよ」


 エイブラハムは、少し意外そうな顔になる。

 俺が他人をそこまで見ている……とは思わなかったらしい。


「ふむ」


 エイブラハムは腕組みをして考え込んだ。


「最悪のケースも想定するでしょう。

森の奥に逃げられるようにです。

可能なかぎり、部族や生活可能地域の存在を調べている。

そう見ています」


 エイブラハムは意外そうな顔から、恐縮した顔なって小さく肩を竦める。


「随分と高く評価されていて恐縮ですが……。

そこまで詳しい話は知らないのですよ」


 心配を取り除くように、説明を加える必要がある。


「ああ、完璧は求めません。

思考のとっかかりや目印になる程度でも、ないよりはずっとマシです。

その情報を判断した結果の不都合は、すべてです」


 情報が完璧でないと、それを理由に責められたらたまらない。

 理解はできる心情だな。

 新参者だけに立場の悪化を警戒するのは当然だろう。

 エイブラハムはあきれたような感じで、小さく息を吐いた。


「……怖い人ですねぇ。

どこまで見通しているのやら」


「そんな大した話でもありません。

皆さん……あるがままを受け入れすぎているのですよ。

私のような考え方に慣れていないだけですよ」


 エイブラハムの視線が鋭くなった。


「確かに達見です。

そこで一つ疑問が生じますね。

受け入れない考え方をのですかな?」


 実に理屈っぽい。

 この世界の犬は、みんなこうなのだろうか。


「生まれつきですよ。

それと生まれついたところが幸運だっただけです」


 エイブラハムは表向きでも、納得したようだ。

 突っ込む材料もないからな。


「分かりました。

では……知るかぎりのことを不確かでもお教えします」


「是非、お願いします」


 エイブラハムが知るかぎり4、5部族ほどいる。

 点在していて、空白地は結構あるそうだ。

 魔物は最奥の山付近に生息しているが、その手前の部族が押さえ込んでいるとの話。

 まだ俺たちが接触していない種族もいるようだ。

 兎人族と魔族がいるとの話だった。。


 細かな集団はもっといるだろうが、ラヴェンナ地方は広いから分からないと。


 魔物を押さえ込んでいるのが魔族。

 戦闘力はこの付近最強ではないかと。

 もう一つ大きな集団があるとの噂もあるが、風の噂程度。

 

 大きな集団については、頭の片隅に留めておこう。

 ハッキリしているのは、魔族を雑に排除したら魔物が押し寄せてくる。


 後回しだな、こりゃ。

 しかし広いとはいえ、こんなに亜人が住んでいるとは……。


 迫害されているのだろうか。

 それとも過去に、何かあって逃げてきたのか。

 それとは、別に聞いておきたいことがあった。


「犬人族はオールストン殿のように、理論的な思考をされるかたが多いのですか?」


「それなりには……。

全員がそうではありませんが。

それが何か?」


「適正があるならです。

ドワーフと組んで、新技術の開発や学問を司る部門を任せようかと」


 また理解不能といった感じのエイブラハム。

 しきりに首をひねっている。


「技術は分かりますが……学問ですか?」


「ええ。

特に学問には理論的な思考が欠かせません。

そしてラヴェンナでは、全員に教育の機会を与えるつもりです」


 エイブラハムが、少し考えるポーズを取る。


「思い切った話ですね。

そんな余裕があるのでしょうか?

ご存じでしょうが、ここは辺境です。

生きることが最優先ですよ」


「今だからです。

このまま組織が固まるとどうなりますか? 戦うこと最優先になりかねません。

そうなってからでは遅いのですよ」


「領主殿の言った意味、しばらく考えてみてもよろしいでしょうか?

自分で考えることを望んでおられるようなので」


「ええ。

大歓迎ですよ」


                  ◆◇◆◇◆


 エイブラハムが退出したあと、俺はぼんやりと外の景色を眺める。

 

 兎人は滅多に自分のテリトリーからでてこないか。

 魔族と接触までは、まだ距離がある。


 砦などの拠点を増やしていって、徐々に勢力圏を広げるようにするか。

 まずはそこからだな。

 あとは……金だな……。

 何にせよ、金がないと始まらない。

 まだ若干余裕があるが、手は余裕があるうちに打たないとマズい。

 危なくなってからの対症療法は徹底さを欠くばかりか、何もしないほうがマシなんて結果を招きかねない。


 幸い中世で、時が止まったままだ

 鋳造権は領主に分与されたままで、国王に回収されてない。

 金は取れているが……銅や銀、貨幣の材料になる鉱脈も探さないとな


 パパンにはそのあたりも一任されている。

 情報の報告についてもだ。

 最悪ギリギリまでしらばっくれよう。


 本家の役人に負けないように、行政機関の人たちには頑張ってもらおうか。

 そのための自分たちの町思想だ。


 鋳造は下手を打つと貨幣経済を破壊する。

 慎重にいかないとな。

 董卓五銖銭みたいなことしても最悪だ。

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