第93話 良い人材には良い報酬が必要

 喪女シルヴァーナが周囲の驚きに構わずまくしたてた。


「無理無理! もうアタシ1人で文字を教えるなんて無理無理! 人を増やしてよぉぉぉぉぉぉぉ!」


 やはり足りなかったか。


「何人ほど欲しいですか? 読み書き教えられる人って貴重なんですよね」


 喪女シルヴァーナがジタバタしだす。

 ホント……コイツ、いつも元気だよな。


「1人で適当なら20人とかできるわよ。

でも……ちゃんと教えるなら1人で10人が限界! しかも、犬人にも教えるんでしょ! 無理無理無理だって!」


「10人くらい必要ですか?」


 俺の返事に喪女シルヴァーナが驚いた。


「そんだけ確保できるの?」


「冒険者のリタイア組で読み書きができる人は、どの位いますかね?」


 喪女シルヴァーナが一転思案顔になった。


「ん~そこまで多くはないよ。

受付がいるから絶対に必要じゃないし。

頑張って探せば10人くらい何とかなるけどさ」


 重々しく俺が宣言する。


「ではシルヴァーナさん、自分の身は自分で守りましょう。

冒険者ギルドを通じて人を雇ってください。

高給は保障します。

人数は差し当たり25人を限度とします」


 中流階級の支出は1日銅貨25枚だったな。

 今更ながらこの世界の貨幣は割と面倒。

 金貨の価値はかなりでかい。

 価値の関係が怪しげな白金貨とミスリル貨なんて無いのは助かった。

 1金貨=25銀貨=100大真鍮貨=200真鍮貨=400銅貨となっている。


「報酬は1日、25真鍮貨(50銅貨)で」


 破格の報酬に喪女シルヴァーナが驚いた。

 中流階級の銅貨25枚は一般的な家族5-6人の支出だからだ。

 危険が無い仕事にそれだけ出す。

 冒険者から見て驚きの世界だろう。


「うわ! そんなに良いの?」


「それなら集まりますかね?」


 貴重な人材なら金は惜しまない。

 下手にケチると問題が後々出てくる。

 喪女シルヴァーナがウンウンとうなずいていた。


「余裕余裕! きっと殺到するって……ちょっと! それならアタシの賃金も上げてよ!」


 喪女シルヴァーナの報酬は1日25銅貨でこき使っている。

 それでも破格の報酬なのだけどね。


「全員の管理もしてくれるなら。

1日5銀貨(80銅貨)でどうですか?」


「マジで? でもさ……そんなに払って平気?」


「水晶の産出をしていますし、金も採掘を始めました。

その程度は大丈夫です」


「なら、急いで手配するわ。

あ……ついでにだけどさ。

リタイアした冒険者に仕事をあげられないかな?」


 金に余裕があると見て、何かしたいことがあるらしい。


「もう少し先ですが、軍事教練の訓練官なら20名程度必要になります。

他にも得意分野があって、計画と合致すればいろいろと必要になるかもしれません」


「それ、募集するときになったらアタシに教えて! 声かけるからさ!」


「リタイアした冒険者はやっぱり仕事に困るんですかね」


 喪女シルヴァーナがちょっと気の毒そうな顔をした。


「リタイアしたあと……まともに生活できている人って3割くらいよ」


 喪女シルヴァーナがため息交じりに付け足した。


「アタシに冒険者の心得を教えてくれたお師匠さんがいるのよ。

お師匠さんもリタイアしたあとは生活が苦しいのよ」


「犬人の受け入れが終わってから、その話をしましょうか」


 と俺の返事を待たずに、喪女シルヴァーナが出ていった。

 結構義理堅くて面倒見はいい。

 なかなかいい女なのだよ。


 頭に喪がつくけどさ。


                  ◆◇◆◇◆


 余裕があると言ったが、本家からの援助で今は成り立っている。

 スネをかじらないといけないな。


「キアラ、産出した水晶は全部父上に送ってください。

代わりに財政援助の増額交渉をお願いします。

財政援助が必要な間、水晶は継続して送り続けます」


 可愛らしい仕草で、キアラが首をかしげる。


「金の話はいいのですか? あと増額ってどれくらいですの?」


「どれだけ埋蔵されているか不明ですからね。

ぬか喜びさせても悪いでしょう。

それに水晶だけでも十分穴埋めできますからね。

当然、援助増額だけ頼んでも断られます。

増額は任せますが、本家の介入を避けられるギリギリのところを。

そのあたりは詳しいでしょう?」


 金の埋蔵量は結構な量とオニーシムから聞いている。

 だからウソだけどね


 金鉱脈の存在が知れ渡ると家中が騒ぎ出すことになる。

 結果的に役人が俺の開発に首を突っ込んでくる可能性が大だからだ。


 行政改革に抵抗する役人への脅しに、この未開発区域に異動させる話を武器として使っていた。


 だが、そこで金が採掘できる。

 そうなると、甘い汁が吸えるパラダイスになってしまう。

 すると育ちつつあるラヴェンナの行政機関をつぶして、乗っ取りを謀るだろう。

 ラヴェンナの行政機関は、子供のようなものだ。

 まだよちよち歩きをしている。

 免疫力が弱い子供は、病原体に対しての抵抗が弱くあっさり死んでしまう。

 甘い汁を吸う為の役人は、俺にすれば病原体としか思えないからな。


 キアラがそのあたりの意図を察したようにうなずいた。


「分かりましたわ。

それは良いのですが、さっきの謎解きが先ですわ」


 全員がうなずいた。

 いつもの解説タイムである。

 エイブラハムの話だな。


「ああ、そんな難しい話ではないのですよ。

年齢の高さに加えて話が具体的で大事な部分をちゃんと見ています。

そして移住するなら、領主である私の人物鑑定をしたいでしょう。」


 一同を見渡して、俺は解説を続けることにする。


「さらにどんな優秀な使者でも、必要な馬車の数までは即答できませんよ。

相応の権限と情報に触れていないとね。

なので、族長か準ずる人かなと。

合っているかは不明です。

1人でこちらに来たのは、私のことを知ろうとしたのでしょう」


「1人できたことがですの?」


「虚言をもてあそぶ人物か、それと使者が1人と聞いてどう対応するか。

1人と聞いて軽く見たり、もっと偉いヤツを出せというようなら信用されないでしょう。

そして自分のいったことにどう反応するか。

1人だからといって、いい加減に対応するかも見ていたと思います。

ある種の試験ですよ。

そして、この判断は他人には任せられなかったのでしょう。」


 キアラは小さく首を振った。


「凄いですわ。僅かなことでも情報って伝わるものなのですね。

お兄さま学をもっと究めないと」


 だからそれ止めようよ……。

 話を戻そう。

 もう一つ俺個人の願望もあったことを話さないとな。


「いずれにしても……死なせるには惜しいと思っています」


 俺の言葉に、ミルが心配そうな顔になる。


「アル、そうしたらあの人が狙われるってこと?」


「可能性は高いですね。

仮にあの人が傷つけられれば、今後合流する部族はいなくなるでしょう。

揚げ句、3種族がまた合力しかねないですしね」


 俺の予想にキアラはちょっと合点がいかないようだ。


「でも……そんなことをして得する人なんているのでしょうか?」


 そこなのだけどね……。

 俺自身陥りやすい罠でもある。


「別に全員が全員、遠大な計画を持っているわけじゃないですよ。

むしろ目の前しか見ない人の方が多いでしょう」


 ミルがあきれ顔で俺を指さす。


「そりゃ、アルが複数人いたら……世の中大変なことになるわよ!」


 一同が爆笑した。

 ホントに俺は皆の玩具だな。

 いいけどさ。


 笑いが収まったところで想定される動機を説明する。


「遺恨のある狼人がいるところに移住する。

それを嫌がる人は犬人の中にもいるでしょう。

移住をチャラにできればそれで良いって考えです」


 チャールズが苦笑気味にうなずいた。


「仕方なく従ったけど、本心は嫌って話ですな」


 黙って話を聞いていた先生が口を開いた。


「坊主、他の部族からの妨害は無いのか?」


 ある意味当然の疑問ではあるのだが……。

 それはちょっとあり得ない。

 俺は首を横に振る


「リスクが大きすぎます。

あと犬人族の正確な動向を把握できるとも思えません。

疑心暗鬼同士で偵察していたのがバレたら、かえって敵対すると思われ……攻撃されるかもしれません」


 先生が珍しくさらに突っ込んでくる。


「犬人の移住を知って他の部族が、犬人内部の不満をたきつけるって可能性は無いのか?」


 それもいい考えだが……現状ちょっとその可能性は薄い。


「犬人族は戦うしか選択肢がなくなりますし、3種族合同で戦う羽目になりかねませんよ。

今3種族にしてみれば戦いは避けたいでしょう。

敵はわれわれだけではないですからね」


 キアラが触発されたのか思案顔になる。


「お兄さま。

犬人の不満をたきつけておいて、別の部族が私たちの味方をする。

恩を売って、良い条件を引き出せると考える……そんな可能性は無いでしょうか」


 着眼点は悪くない…だが問題がある。


「その場は良いですね。

でもその人たちは、他の部族から信用されなくなって敵対されますよ。

かえって集中攻撃を浴びるかもしれないです。

加えてわれわれからも、信用されずに見捨てられる。

自滅コースですね」


 こんな面倒な話でも、ミルはさして気にしていないようだ。

 ニコニコしている。


「他が全部敵になってもアルなら勝てるんじゃない?」


 ミル……それは過大評価だ。


「優秀な騎士が健在でこその作戦ですよ。

それが無いとどんな作戦も絵に描いた餅です。

だからこそ、私は戦いたがらないのですよ」


 チャールズはニヤリと笑ってうなずいた。


「優秀な戦士であるほど、無駄な戦闘は嫌いますからな」


 ハンニバルだってカルタゴの精鋭と、ヌミディア騎兵がいてのあの戦果だ。

 周囲が敵だらけでファビアン戦略を採用されたらどうにもならない。

 

 俺の課題は、周囲を敵だらけにせず戦力を温存することだ。


 ファビアン戦略は強い敵と戦うときの必殺技だからな…。

 ハンニバルだけでなくナポレオンもこれにやられている。


 それ以上の天才でもどうだろうな。


 相応の覚悟は必要だが……勝てなくて絶対に降伏したくないなら、自然その戦略になるのだから。

 相手をそこまで追い詰めずに勝利をもぎ取らなくてはいけない。

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