第92話 次から次へと

 私生活に動乱の気配が漂いつつある。

 そんな中で、犬人からの使いがきた。


 使者は壮年の犬人族だった。

 貫禄があり、ただの使者ではないと思われる。

 一人で来たのが驚きでもあったが。


「アルフレードさま、お会いできて光栄です。

エイブラハム・オールストンです」


「では、御用向きを伺いましょう」


「このたびの移住のご提案。

お受けさせていただきます」


 ほう……早いな。

 もっとこじれるかと思っていたのだが。

 俺の勘も当てにはならんな。


「分かりました。

一同あなたたちを歓迎します。

大勢の移住の際には、護衛が必要でしょう。

日時を指定していただければ手配します。

そちらの人数は何名ほどですか」


「350名ほどです。

そちらの受け入れ態勢が整い次第、こちらからお伺いします」


 受け答えに淀みがない。


「こちらは何時でも構いません。

といっても、個別の住宅の用意には時間はかかります。

そこまでに大勢が、共同で生活できる一時的な建物はあります。

後ほどご案内しますので、用途に適するかご確認ください」


 俺の受け答えにある程度安心したのだろう。

 エイブラハムが満足げにうなずいた。

 そのあと探るような表情に変わった。


「食料はもちろん、ある程度持参します。

ですが移住後の食料は大丈夫でしょうか」


 いいところを突くな。

 俺はこのやりとりは楽しんでいる。


「350名なら問題ありません」


 さらに表情に真剣さが増した。

 どうやらここからが本題らしい。


「移住をする前提として、1点確認させていただきたいことがあります」


「何なりと」


 こちらを値踏みするような目で、エイブラハムが俺を見ている。


「以前は狼人との諍いがありました。

われわれの受け入れを、狼人は納得しているのでしょうか?

移住して諍いがあって、死傷者が出る。

そのようなことがあっては、問題が大きくなります」


 当然の疑問だな。


「なるほど……ご懸念はごもっともです。

ですが、その点は全く問題がありません」


 俺の即答にエイブラハムのが目が細くなった。


「断言なさる理由を伺っても?」


「それに関しては狼人と事前に話し合っています。

さらにいえば、狼人は以前こちらに先制攻撃を仕掛けてきました。

それでもこの通りです」


 エイブラハムにとって、これは初耳だったらしく驚いていた。


「そんな事情が……」


「そして移住する際には、同じ市民として迎える。

その条件を約束して、それは守られました。

私はそう思っていますし、狼人たちもそう思ってくれていると信じています。

今回の件に関しても、狼人側に確認をして、承諾を得ていますよ」


 キッパリとした調子で断言する。

 相手の懸念を消せるなら消しておくに越したことはないからだ。


「なるほど…」


 ただの使いではないなら、こちらの手札を伏せる必要はない。

 むしろ、全て出した方が信用されるだろう。


「前もってお伝えしますが、移民の担当は狼人族が担当しています。

そこに犬人の代表者も加わってもらいます。

もし不当と感じる扱いがあったなら、私に直接訴え出てください。

私はあなたたちとは、遺恨はない。

心配もないかと」


 それでもエイブラハムは慎重な態度を崩さない。

 目が細まったままだ。


「受け入れていただく立場でお伺いするのも厚かましいのですが。

あえてお伺いしたい」


「いえ、代表で、交渉にきておられるのです。

不安な部分があれば確認されるのは当然です」


「ではお伺いします。

あなたが狼人に肩入れしない理由は何でしょうか」


 やはりきたか…丁寧な説明が必要だな。


「私はこのラヴェンナを、種族に関係なく決まりを守る人たちの町にするつもりです。

つまり、種族に身分差はなく全て平等です。

移民に対して不公平な扱いをすると、今後の移民する人はいなくなるか、不信感を持たれるでしょう。

最悪……敵対までされる。

それは、私にとっては不利益なのですよ」


 俺がいった言葉にエイブラハムが仰天している。


「種族問わず……ですか。

上下は聞いたことがあります。

むしろそれが普通です。

まさか平等などとは……」


 俺の周りは、またやっていると苦笑顔ばかりだ。


「ええ。

それが一番手っ取り早く、町を大きく強くする道だ……と思っていますからね。

仲間になる人がいるなら、仲間にした方が良いです。

そして仲間にするなら平等であるべきでしょう」


 エイブラハムは納得したようにうなずいた。


「分かりました……われわれ、獣人たちは元来協調していました。

それに立ち戻るとしましょう」


「そちらの準備ができたら、受け入れの軍を派遣しましょう。

そちらの移動に関して、馬車は足りていますか?」


 エイブラハムはよどみなく口を開く。


「できれば、40台ほど」


 即答したか、事前に準備でもしていたのか。

 実に優秀だ……頼りにできるかもしれん。

 ちょっとうれしくなった。


「分かりました。

45台の馬車を手配しましょう。

また……私の名前において、あなたたちの安全を保障します」


 若干、多めの方が余裕もあっていいだろう。

 少なくても駄目、きっちりでも相手には響かない。

 多すぎると、相手を信用していないと思われる。

 41だとあざとすぎる。

 このあたりの駆け引きも、面倒な話ではある。


「ありがとうございます」


「では、そちらの準備ができましたら、連絡をしてください。

馬車を含めて、迎えを出します」


 その後一時受け入れ用の家屋などの確認をして、エイブラハムは帰っていった。

 帰る際に、俺は護衛をこちら側で手配して同行させた。

 一つの懸念があったからだ。


                  ◆◇◆◇◆


 エイブラハムが戻ったあと、キアラが拍子抜けした顔をしている。


「何かあっさりですわね」


「そうですね。

でも話が通じるのが、早くて助かりましたよ」


 ミルもただの使者とは思わなかったか、感心した顔だった。


「何か……すごくデキる人って感じね」


 チャールズが、疑問があるようなそぶりで俺を見た。


「そろそろ、騎士団の手配をしますか。

防備はオラシオ殿に任せれば大丈夫でしょう。

そういえば……なぜ、帰りの護衛を手配したのですかな?

猫人にはしなかったのに?」


 ああ……このあとの展開に気がついていないか。


「それは犬人の族長かそれに準ずる人が、道中で襲われたらまずいでしょう」


 そして皆が驚く。

 皆が俺に質問をしようとしたときに乱暴に扉が開く。

 喪女シルヴァーナが駆け込んできた。


「アルゥゥゥゥゥゥゥ! 何とかしてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 ほんと次から次へと……。

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