第90話 従属と義務の計算式

 3種族にお手紙と1種族だけに、お土産を出してから2週間ほど経過。

 一つの動きがあった。


 猫人の使いが、俺を訪ねてきたのだ。

 応接室ではなく、距離のある別室で会うことになった。


 人形師が、素手でも襲ってきた事件があった。

 その対策として、3メートルほどの距離をとっての対話。

 そして護衛多数……心配し過ぎ。


「お会いしていただき、感謝します。

一族の使者として参りました。

ズザナ・ヘイダと申します」


 女性で20前半だろうか。

 俺が男と聞いて、女なら厳しいことをされないと思っているのか。

 女でいざとなれば、体を使う気か。

 ミルがいるから、他の女は不要なのだが。

 それとも有力者の一族か。


「領主のアルフレード・デッラ・スカラです。

ご用件をお伺いします」


 ズザナは俺の若さに驚いたようだ。

 年齢は知られていないのか。


「われら一族を、アルフレードさまの傘下に加えていただきたいのです」


「傘下とは?」


「われわれはアルフレードさまの指示に従います。

われわれを虎人と犬人の攻撃から守っていただきたいのです」


 俺は小さく首を振る。

 その提案はノーだからだ。


「移住されるのであれば歓迎しましょう。

居住地を変えずに、われわれの保護を求めるのであれば承諾できませんね」


 スザナが口ごもった。


「われわれとしても、先祖代々の土地を離れるのが難しいのです……」


「私の義務は、領民を保護することです。

影響力を増やすことに、意味を見いだせませんね」


 スザナが上目遣いで、俺を見た。


「では、保護はしていただけないと」


 簡単な話ではないのだがね、俺はもう少し強く首を横に振る。


「将来的にその地まで影響が増せば、そこに町を造ります。

そうなれば保護しますよ」


 スザナの瞳孔が狭まった。

 露骨に警戒したようだ。


「町を造るのですか?」


「あなたたちの家財に、手を出しませんよ。

要望があれば、道を通します。

必要であれば城壁も。

未来の可能性の一つに過ぎませんがね。

今はあなたたちの集落までは、距離があり過ぎます。

何か問題が発生したのを知ってから、では間に合わないでしょう。

部下の駐屯をさせるとしても、そこまで潤沢に軍事力はありません」


 スザナが慌てて手を振った。


「いえ! 駐屯までしていただかなくても良いのです! 虎人、犬人に対して警告をしていただければ、アルフレードさまの力に歯向かうことはないと思います」


 そこまで、優秀な使者でないな……。

 もしくはロクな権限がないか。


「つまり名前で脅せば良いと。

では……あなたたちは、われわれに何をしていただけるのですか?」


「労働が必要であれば、労働を虎人や犬人を攻めるのであれば戦士を。

他のものであればそれを」


 スラスラと、スザナが返答した。

 想定された問答だろう。


 他のもの、つまりは女をあてがう。

 それを察してか、ミルとキアラの目が厳しくなる。

 使徒は大体、猫人をはべらせていたからだろう。

 根拠の無い自信があるのかな。

 しかし…。


「釣り合いませんね」


 この反応に、ズザナは驚いた。

 やはり俺を子供と見て、高をくくっていたか。


「なぜですか……?」


 単純な損得計算ができないのか?

 仕方がないな……。

 俺は面倒くさそうに頭をかいた。


「今は虎人、犬人といっていますがね。

この地域にいるのはそれだけではないのですよ。

それらと争ったら、われわれは無関係で済むのですかね? 猫人族の巻き起こす争いに巻き込まれるでしょう。

労働力にしても……出すとしても町の警備もろもろの理由を出して、ごく少数のみでしょう」


 俺は、迷惑そうな顔を意図的にする。


「他のものにしても……知れているでしょう。

私には婚約者がいましてね。

彼女さえいれば、他の女はいりませんよ。

ましてハーレムなど、興味ないのですよ」


 最後に、俺はほほ笑んだ。


「ゆえに釣り合わないといったのです。

さらにいうならば影響力の範囲のようなメンツや虚栄心、といったものは私には不要でしてね。

1000の部族の従属より…領民の子供1人の笑顔が、私にとってははるかに価値があります」


 ただの理想家と見るか。

 見栄を張っていると見るか。

 ただの気まぐれと見るか。

 俺をどう判断するかで、相手の力量も分かるだろう。


 しばしの沈黙の後……スザナが探るような目を向けてきた。


「どのようにすれば、われわれを保護していただけますか?」


 これが目的なのは、間違いないだろうが……。


「我が都市に移住されれば問題なく」


「それ以外の道はありませんか?」


「猫人族は何を望んでいるのですかね」


「自治と安全です」


 それなら無難な方法がある。

 こちらにも、メリットがある方法だな。


「では不可侵条約ではどうでしょうか?」


「不可侵ですか?」


「あなたたちの領域には、手を出しません。

あなたたちもわれわれの領域には、手を出さない。

お互い内乱を幇助したり、敵をけしかけたりしないということです」


 スザナが俺を非難するような顔をした。


「その場合、われわれは自分の身を自分で守れと」


 俺は内心ひどく呆れていたが、表情には一切出していない。


「問いただすようなことですか?

ごくごく当たり前の話だと思いますが」


 自分たちの身を自分たちで守れない、そんな集団は確実に堕落して腐っていく。

 俺の意図を察することができないスザナは、何とか話をまとめようと食い下がる。


「移住は難しいですが、傘下に加わるのであれば簡単です。

影響範囲が広がれば……その分平和になって、領民も守りやすくなるのではありませんか」


 最初といっていることは、何も変わっていないな。

 こんな程度で俺を騙せるとでも思っているのだろうか。


「影響を与えた場合、それ相応の義務が発生します。

実現不可能な義務なら、分不相応な権利など不要です」


 スザナが理解不能といった顔になった。

 傘下に入るといわれたら、ホイホイと飛びつくと思っていたのか……。


「そこまで困難なのですか?」


「傘下を増やした揚げ句、一斉に救援を求められたら義務は果たせないでしょうね。

内部抗争も救援を求める要因になりえますね」


 従属させるメリットと保護する義務のデメリットを計算するとねぇ……。

 俺は小さく苦笑した。

 スザナはやや上目遣いで俺を見てくる。


「では、傘下を厳選されれば……」


 ミルだったら嬉しいけど、そうでもない女性の上目遣いはねぇ。

 思わずため息が漏れる。

 ダメだ、話がかみ合わな過ぎる。


「失礼……一つの部族を傘下にして他の参加を認めなければ、当然征服を恐れるでしょうね。

そして敵が、雪だるま式に増えると。

われわれを躍らせて、あわよくば足をもつれさせて転ぶのを期待する。

それ自体は悪い手ではないですね。

あくまで……バレなければですよ」


 ズザナが露骨に警戒する目になった。

 生産性の無い話に時間をとられた俺は、少しばかり揶揄いたくなった。


「外交をされるなら、簡単に表情を見せてはダメですよ」


 慌てて無表情になったのが面白い。


「さて……どちらかを選択してください。

われわれの都市に移住して、市民となる。

不可侵条約を結ぶ。

そして、われわれはあなたたちに頼まなくても良いのです。

それをお忘れなく」


「分かりました……族長と相談いたします」


「ああ、そうそう。

一つだけ明言します

不可侵条約を結んでから破った場合の話です。

そうなったら……ことだけは覚えておいてください」


 一気に、恐怖が顔に出たようだ。

 慌ただしくズザナが帰った後、チャールズが腕組みをして俺を見た。


「さて、どうなりますかな」


「普通に考えたら、不可侵条約でしょうね。

ただ……虎人と犬人には、傘下に入ったような言い方で自己の安全を守るでしょうが」


 チャールズが眉をひそめた。


「嘘をつくので?」


「匂わせるだけですよ。

言質をとらせるほど馬鹿ではないでしょう。

短慮ですが悪知恵は良く働くようですし」


 苦笑していたチャールズが、真剣な表情になった。


「居場所をなくすとは……どのような意味ですかね」


 知っていて敢えて問いただしているのだろう。

 本当にやるのかといった覚悟を聞いてきたわけだ。

 全く実行しない脅しなど、何ら意味は無い。

 だから、やると決めたらやる。


「この地から追放。

もしくは立ち直れない程度に、人口を減らすことになるでしょうね」


 返事は予測していたのだろう。

 俺のメンタルを心配してのことだと思う。

 つまり流血を嫌っていることをだ。


 だが、嫌いだからといって避けられないのが現実。

 チャールズがため息をついた。


「その選択をしなくて済むことを期待しますか。

ご主君も望みはしないでしょう」


 チャールズの配慮に感謝しつつ、俺は小さく肩をすくめた。


「だと良いのですがね。

その選択権は、彼らにあります。

われわれはその権利を持っていませんからね」


 嫌だといっても、相手が襲ってくるならやるしかないのだ。

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