第88話 男の浪漫は女にはわからない
3種族への対応が決まり、もろもろの実施は部下に委ねられた。
そんな中、16歳の体力が暴れはじめた。
思いついたことをやりたくなる。
その思い付きとは、娯楽が少なくて働きたがる子供たちへの話である。
全員が楽しむ娯楽は無理だが……。
はまる人ならはまる。
それを発展させることで、将来的に領内開発に役立つものだ。
「ちょっと出てきます」
思い立ったが吉日。
キアラが聞いてくる。
「どこにいかれるのですか?」
「男の浪漫を探しに」
2人の頭の疑問符をおいて、俺は目的地に向かった。
「仕事ではないので、一人で出掛けてきます」
ルードヴィゴに頼んで、地図をもらう。
その足で、オニーシムの工房に立ち寄る。
そしてオニーシムに、酒の代わりにちょっとした作業を頼む。
空いた建物を、その目的専用のものとする
「で、ご領主よ。
ここに正方形の枠を作って、水が漏れないようにすればいいのだな?」
「お願いします。
あと粘土をここで使えるようにしたいのです」
「追加の酒をくれ。
そうしたら粘土をやろう。
しかし、なかなかの量だな……1辺5メートル枠に使う粘土か」
「1樽……領主権限で回します」
「ほう……では工房から、好きなだけ持っていけ」
「契約成立ですね。
毎月1樽です」
「で……一体、何をしようとしているのかね」
「ただの娯楽、男の浪漫です」
オニーシムが興味深そうな顔をした。
「何だ、その酒の次に心を惹かれる言葉は」
「子供たちに、新しい趣味を提示しようとしています」
「ふむ、その手助けが面白ければ協力は惜しまないぞ」
「力強いです」
◆◇◆◇◆
固い握手を交わしたあと、狼人の子供たちのところに向かう。
働くなとの指示で暇を持て余していた。
「あ、領主さま?」
ぞろぞろと集まってきた。
本当に、皆の娯楽扱いされている……。
「みんなにちょっと手伝ってほしいことがあるんですよ」
『えーなになに?』
俺からの仕事の依頼に、全員が期待の目で見る。
う、ちょっと心が痛い。
これ興味が向かなかったら、とても詰まらないのだよな…。
若干の後ろめたさを感じながら説明する。
「もし詰まらなかったら、ほかの自分のやりたいことをしてください。
私のお願いだからと言って、強制ではやってほしくないのです。
楽しければ続けてください」
「まえおきがながいー」
子供たちからブーイングが出た。
つい頭を掻いてしまう。
どうにも前置きが長くなりすぎたようだ。
ボス格の狼人の少女が前に出てきて、俺をのぞき込んでいる。
「いいから領主さま、おしえてー」
この子がわりと子供たちを仕切っている。
女は強い……。
「では、付いてきてください」
周囲からの好奇の視線とともに、子供たちを引き連れてその空いた建物に向かう。
笛でも吹いていたら、ハーメルンの笛吹だなこれは。
先導が俺だから、みんな安心しているが。
そうすると遊んでいる人間の子供まで集まってきた。
◆◇◆◇◆
建物につくと、壁に地図を張る。
正方形の枠と大量の粘土を前に、子供たちの頭の上に疑問符がついている。
「お願いはですね、この地図があるじゃないですか。
それと同じものを、ここに粘土で再現してほしいのです」
ジオラマ、それは男の浪漫。
城とかはないので地図で代用する。
さっきのリーダーの少女が聞いてきた。
「領主さま、これは何に使うの?」
子供だからこそ、下手なごまかしは通じない。
できるだけ丁寧に説明する。
「地図を見るより、実際の地形みたいな模型を使うと考えるのに役立つのですよ。
そしてこれが、将来の領地を開発するときに役に立つのですよ」
地理を頭にいれる。
領地開発に対して事前のシミュレーションをする。
子供のうちから、それを学んでいれば将来的に役に立つときもある。
『わかんないー』
デスヨネー。
具体的な説明が難しいな。
「大人たちが町を造ったり、道路をひいたり港を造ろうとするときはですね。
自分たちの頭の中に模型思い浮かべて……ここに作るとか考えるのですよ」
子供の一人が、ストレートな疑問を口にした。
「ならいらないとおもうよ?」
「それがですね。
頭の中の模型って、人によって違うのですよ。
だから実際に、建築をはじめると思っていたのと違うってことが結構あるのですよ」
ある子供が言った。
「あ、パパが親方に何か作ったときに『これじゃない!』とか怒られているのと同じなのかなー」
「お、賢いなー。
それでいいですよ」
許せよ、名も知らないパパよ。
「あとですね……これができると、将来君たちが町を作るときに役に立つんですよ」
別の子供が手を上げた。
「町って領主さまが決めて作るんじゃないの?」
「他のところはそうなんだけどね。
この町は、皆で決めて作ってほしいんですよ」
「おおー」
一部興奮した子供がいた。
良かった……同好の士がいた。
「これは内緒ですよ、実は偉い人でも……頭に正確な地図を書ける人はそんなにいないんですよ」
子供の一人が首を傾げた。
「そうなの?」
「ええ。
この模型ができると、並の大人より賢くなれます。
将来はここの偉い人になれますよ。
遊びではありますが、将来への仕事で役に立ちます。
でも遊びなので詰まらないと思ったら、無理に続けてほしくないのですよ。
楽しいと思った人だけ続けてください。
続けなくても絶対悪いことではありません。
私が他の遊びを考えますから」
前世では学校で学んだような共同作業によって、社会を学ぶ。
人の動かし方を学んでほしい。
その機会を提供するのも、領主の務めだ。
と言って、泥遊びを子供たちとはじめた。
◆◇◆◇◆
そして夕方になって、執務室に戻る俺は泥だらけであった。
キアラが眉をひそめた。
「お兄さま……浪漫とは、泥塗れになることなのですか?」
ミルは心配そうな顔をする。
「アル……何かストレスがたまっていたの?」
男の浪漫は、女にはわからないのさ。
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