第85話 味方でありつつ間違いを指摘する難しさ

 対策会議は続いている


 注意深く会議の動向を見守る。

 俺はできるだけ表情を出さないよう、細心の注意を払っていた。

 変に表情を見せると、皆俺の表情見て議論しだす。


 これは結構重労働。

 そんな俺の苦労を皆知らずに、議論は進んでいく。

 こちらが直接動いたらどう行動するかは、ほぼ正確に読めている。

 ただ……それだけでは足りない。

 少しだけ天を仰ぐ。


 議論が行き詰まっているのを見たので、助け船を出すことにする。


「どうでしょうか。

ここで一息いれませんかね。

悩みすぎると、かえって結論に飛びつきやすくなります」


 一同は慣れない議論に四苦八苦しており、ほっとしたようだった。

 そこで仕切り直しを提示する。


「明日また、議論しましょうか」


 全員がうなずいた。

 俺は全員が出ていくのを待っていたが

 ミルとキアラだけは残って、こちらをじっと見ていた。

 結果、部屋には3人だけ残った。

 ちょっと不安そうにミルが言う。


「アル、どうだったのかな……」


 キアラも不安げだ。


「できるだけ、お兄さまの意図には沿うようにはしたのですが……うまくできてない気もします」


 安心させるようにほほ笑んだ。


「ちゃんとやれているよ。

うまくやっても……行き詰まることはよくある。

そして、別に俺の意図に沿う必要はないよ。

全員で考えて適切な結論にたどり着くことが大事なんだ。

それに俺が正しい保証はどこにもないさ」


 キアラが納得いかないような顔になる。


「お兄さまが間違っているなんて、想像もつきませんが……」


「俺は結構間違っているよ。

バレないように小細工しているだけだし。

常識外のことをしようとしているから……領主の俺に対しての信頼も必要だったのさ。

間違いだらけなら、誰も付いてきてくれないよ」


 ミルが力強い表情になった。


「私は絶対にアルの味方よ。

それは絶対に変えないわ。

ずっとついて行くわよ」


 キアラも当然といった感じでうなずいた。


「私もお兄さまの味方ですわ。

どんなことがあっても」


「有り難う、けどさ……俺が間違っていたら指摘してくれ」


 複雑な表情のミル。


「それを望んでいることは……勿論、知っているわ。

でも……いつも大変なことしているの、分かっているから……せめてね」


 ううむ、確かになぁ。

 味方でいるけど、間違いも指摘する。

 言うのは簡単だけど難しい。


 相手を傷つけないように間違いを正す、ただ指摘するよりずっと気を使う。


「有り難う……とてもうれしいよ。

2人が俺のことを本当に、大切に考えてくれるのはよく分かっている。

それでどうしても2人に甘えてしまっている、そう自覚はしているんだ。

だから…できる範囲で頼むよ。

無理だけはしないでくれ」


 2人はうれしそうにうなずいた。


「分かりましたわ」


「ええ……勿論」


 そう言った後で、ミルが何かの確信があるかのような顔をした。


「みんなで話していたとき、アルが何か足りないって顔をしているように見えたのよ」


 キアラも同感なのかうなずいている。


「ええ……大体いいけど……何か足りないって顔をしていましたわ」


 うげ、バレてる……。


「2人には絶対に隠し事ができないな……」


 諦めてため息をつく。


「ある視点が欠けている、だな」


 この言葉を考えても思いつかなかったようだ。

 ミルが首をかしげる。


「視点?」


 キアラもちょっと自信なさげだ。


「どうしたら彼らはどう考えるか……その点は考えているつもりなのですが……」


 俺はできるだけ優しく言う。


「彼らが今どう考えているか……だよ」


 ミルが俺の考えを読み取ろうと真剣な顔になった。


「今って?」


「何もしないとしたら、彼らはどう考えてどう行動するかだよ」


 キアラは意外そうな顔をした。


「それがお兄さまの言っていた……何もしない場合ですか。

そんな選択肢ってあるのですか?」


 ミルもキアラと同感のようでうなずいた。


「何もしないで済むのなら、皆呼んで考える必要があったのかな」


 いろいろな可能性を検討できる今だからこそ、皆に議論を委ねたのだ。


「このまま座視して、状況が有利に働くならそれが正解だよ。

必ず何かをしなければいけない……とは限らないってことさ。

考えた結果として座視するより、動いた方が良い結果が得られるならそれが正解さ。

ただ……検討すらしないで何もしないのは駄目、そう考えるのは違うと思う」


 キアラが悔しそうな顔になった。


「そうですわね……まだお兄さま学の研鑽が足りないようです」


「そんな学問なんてないぞ」


 キアラは太陽が東から登って、西に沈むのは当然みたいな顔をしている。


「いえ、私にとっては一番大事な学問ですわ」


 ミルもあきれたようだ。


「一体、アルの何を研究するのよ……」


 天使のような笑顔になった。

 これ、何かごまかすときの顔だわ。


「内緒ですわ」


 絶対、ヤンデレチックなこと考えている。

 知らないけど絶対そうだ。

 暴走だけはしないでくれよ…。

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