第84話 釣り目のジト目は威圧に見える

 祝勝会も終わり、町はようやく落ち着いてきた。


 慌ただしさの中、精神的なスランプは抜け出した。

 気にする余裕もなく、急に肉体的に忙しくなった(意味深)せいで感傷に浸るどころではなくなった。

 ミル……一体どんな心境の変化だったのだろう。

 心配させすぎたのだろうか。


 でもまあ……うれしいのだけどさ……限度というものが……。

 とはいえ俺も、健康な16歳。

 もう流されまくりでがっつきまくり。


 ただし朝にツヤツヤした顔のミルを、ジト目で見るキアラの視線が痛い。

 ジト目はミルがよくやっていたのだが、最近キアラもまねしてきた。

 ただ、キアラって釣り目だから威圧になる……。


 それとは無関係だが…最近、転生前の記憶を思い返している。


 次の日に疲れが残らない感覚に、ようやく体が慣れてきた。

 年を取ると、人は落ち着くってあるがあれは正確じゃないのよね。

 今まで意識しなくて済んだことでも、体力使って動く実感があるから行動が鈍くなるのだ。

 次の日に疲労が残る。

 そう頭に刷り込まれているから、肉体とのギャップがあった。

 おかげで記憶が戻ったときには違和感満載だった。

 体は元気に暴れるけど、頭は動きたがらない。

 鬼のような仕事をし続けて、ようやく頭と肉体がマッチしてきた。


 おっと、そんなオッサン回想はいらなかったか。

 でも、こんなこと考える余裕できるほど立ち直れた。

 ほんと恋人って、良いものだね。


                  ◆◇◆◇◆


 そろそろ、皆にも通常モードに戻ってもらう。

 死んでしまった者、傷ついた者たちのためにもこの機会を無駄にする気はない。


 責任者たちを招集する。


 担当は軍事には限らない。

 仲間である狼人を知る努力をしてもらうためだ。

 今まで常識のようになっている、馬鹿な話をぶっ壊してきた。


 獣人は、直情的で愚か。

 人間より下。

 そんな見方が支配的。


 そんな常識に流されていたら、もっと被害は大きくなっていた。

 獣人は考え方が違うだけで、頭も使う。

 当然、こちらを利用しようともする。

 狩りではないのだ。


 確かに技術が発展していて、数も多い人間が勝ちはするだろう。

 だから、常識は変えない。


 糞食らえだ。


 そして俺の考え方の有効性を、皆知りつつある。

 だがここでまた俺が戦略を全て決めたら、俺に依存しかねない。


 使徒とやっていることは変わらない。

 俺がいなくなっても、自分たちの足で立っていける。

 そうしてやりたい。


 つい口を出したくなる、ある意味自分との勝負でもある。

 だが自分たちで考えるように、方向を決めたい。

 彼らの運命は、彼らのものだ。


 俺の道具であってはいけない。

 それに俺自身が、そんな道具のように使われるのは御免だ。

 

 全員が集まったところで、俺が口を開く。


「虎人、犬人、猫人に、どう対処するか。

皆の考えを聞かせてください」


 チャールズが不思議そうな顔をした。


「ご主君の案はないのですかな」


「今は考えてないです、今回から皆で考えてみてください」


 一同ざわめく。

 一呼吸おいて先生が一同の考えを代弁するように、口を開いた。


「坊主が戦略立案すれば、一番犠牲が少ないだろ。

無駄な犠牲をなくすことを、最優先にしてきたろう?」


 それは、ある意味で正しい。

 だが、このままでは駄目なのだ。

 俺は、首を横に振る。


「私がいなくなったら、どうするのですか? 私は不老不死ではないのですよ。

そして皆さんが考えた結果の犠牲なら、私の責任でそれを受け入れます」


 その発言に、ミルが不安そうな顔をしている。


「アルの言いたいことは分かるわ。

依存しすぎで考えなくなることを嫌っているのよね。

でもいなくなったらなんて言い方は、心臓に悪いのだけど…」


 さすが、ミル。

 よく俺を見ている。

 だが言い方がよろしくなかったか。

 キアラも、渋い顔をしている。


「いきなり全部自分たちで考えるのは難しいと思いますわ。

私もお兄さまに、いろいろ教えてもらって成長しました。

皆さんにもちゃんと教えるべきですわ」


 正論ではあるのだが…。

 俺が迷っていると、仕方がないなといった感じでチャールズが肩をすくめた。


「徐々に委譲していけばいいと思いますね」


 今回は、それに従うか。

 ここで突っぱねるのも、かえって良くないな。

 皆から出た話であることには、間違いはないからな。


「では、大まかな会議の方針を話します。

それを皆で議論してください」


 全員がうなずいた。


「まず、虎人、犬人、猫人に対して……どうするかです。

一つ、攻撃をするのか。

二つ、町に合流することを呼びかけるのか。

三つ、何もしないで様子を見るか。

この三つを、元に考えてください」


 一同を、しばらくの間の沈黙が支配していた。

 議論の口火を切る感じで、オラシオが口を開いた。


「今、虎人は戦力激減している。

攻撃するなら今かもしれんな」


 それで良いのか? といった感じでロベルトが腕組みをしている。


「虎人を攻撃しているときに、危機を察知した犬人か猫人が襲い掛かってきませんかね? 次は自分たちだと思っても不思議はないでしょう」


 その発言を聞いたキアラは、首をかしげた。


「そもそも、攻撃をする必要ってあるのですか?」


 俺が一切発言する気がないと悟ったミルは、口を開いた。


「虎人からしたら、狼人が私たちの仲間になっているのよ。

狼人のために報復してくる……って考えない?」


 目をつむって、議論を聞いていたチャールズが、目を開いた。

 直接戦っただけに、相手の精神状態もある程度把握している。

 大事な情報を、皆に伝えてくれるだろう。


「虎人だけでは攻撃はできないでしょうな。

今は生存を優先させるでしょう。

犬人と猫人をけしかけた揚げ句に、こちらの全面攻撃を浴びるのも避けたいとなる。

ヤケクソにならなければ……ですがね」


 先生は、腕組みをして一同を見た。


「不安になった犬人と猫人が、こちらに助けを求める話はないのかね?」


 良い感じに、議論が回っている。

 今のところは満足だが……行き詰まったときに、真価が問われる。


 俺が以前、何に拘ったのか思い出してくれるだろうか……。

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