第83話 閑話 不良騎士の答え合わせ

 祝勝会で乱痴気騒ぎをしている中で軍事の最高責任者になっていた俺、チャールズ・ロッシはご主君を探していた。


 ご主君は騎士や狼人たち……つまり、今回の戦いで戦った者たちの中にいた。

 いた……ではなく引っ張り込まれた感じだな。


「ご主君、モテモテですな。

奥方が嫉妬しませんかね」


「男だけだから大丈夫ですよ。

女性に囲まれていたら、殺気が飛んできますよ」


 俺は苦笑を返して、ご主君の前に座る。


「ところでご主君。

不出来な部下に、答えを教えてほしいのですがね」


 ご主君があきれたといった感じの顔になった。


「ロッシ卿が不出来なら、誰も優秀な人はいませんよ」


 どうもこの手の言葉は照れくさい。

 本気で言っているから、対応に困る。


「それは光栄ですな。

今回の戦いは、どんな考えであの作戦を考えたのか。

今回の戦いに参加した連中も知った方が良いと思いましてな」


 周囲の連中が、拍手を始めた。


「そんな大したことはしてないですよ。

答え合わせする必要はないと思いますがね」


「下手な謙遜は、悪い癖ですなぁご主君」


 ロベルトも興味があったらしく、身を乗り出す。


「ぜひ、われわれに教えてください」


「うーん、本当に、大したことじゃないですからね。

あとでブーイングは無しですよ」


「それは、内容によりますなぁ。

下手な謙遜を続けたら、ブーイングも出ようものです」


 ロベルトも突っ込んだ。


「そうです。

ご主君は、われわれの誇りなのですからな。

謙遜ばかりされては士気も下がります」


 ご主君が頭をかいている。

 何かあると頭をかく癖があるようだ。


「私が最初に、どんな情報でも欲しいといったのは知っていますよね」


「確かに、その意図は測りかねましたがな」


「戦いの話ばかりでは、あの作戦立案までは至りませんよ。

何を考え、どう生きてどう行動するか。

そこまで知って、作戦が立てられます」


 確かに、やたらにこだわっていたな。


「ふむ…ですが、最初は全然情報が集まりませんでしたな」


「仕方ないのですがね、情報分析の意義が浸透していませんから」


 聞き慣れない言葉に、俺たちは顔を見合わせる。


「情報分析ですか?」


 ご主君は苦笑しながら、肩をすくめる。

 ご自身の功績や実績に関しては、全く執着していない。

 虚栄心がないのではないかと思うときが、たまにある。


「いつも皆さんが無意識にやっていることを、偉そうに言った言葉ですよ」


「そうなのですかな」


 ご主君の考えは、油断するとすぐ取り残される。


「情報を集めて捨てて、分析の順ですよ」


 口に出して反問すると、ご主君は立ち止まって解説をしてくれる。

 その手を使うことにする。


「ふむ、とにかく集めると。

そのあと不必要な情報を捨てる。

最後に残った情報を基に判断すると」


 ご主君は素直にうなずいた。

 そこで少し何かを考える顔をしている。

 

「そうですねぇ。

例えば、メルキオルリ卿が女性を口説こうとします」


 ロベルトがいきなり、矢面に立たされて取り乱す。


「わ、私がですか!?」


「生真面目で順序立ててやるかな、と思ったので例にしました。

ロッシ卿では該当しないですから」


 俺ならそんなことはしないな。

 ロベルトは正論を、さらりと言われて渋々うなずいた。


「まあ、構いませんが…」


「まず……その女性の趣味、趣向、とにかく何でも知ろうとするでしょう」


 全員がご主君の話が当たり前すぎて、首をかしげている。

 ごくごく当たり前の話に、ついつい苦笑してしまう。

 

「ですなぁ」


「ただ…その中で例えば、その女性の友達との他愛もない世間話とかは除外しませんかね。

内容にもよりますがね」


 ここに、何が含まれているのか。

 ご主君の話は実に油断がならない。

 ともかく相槌をうって、話を先に進めてもらおう。


「ふむふむ」


「そして、女性がどんな異性が好みか。

どんな言葉が好きか。

つまりどんなものが好きか、分析をします。

それを元に口説きますよね」


 確かに言われれば自然にしているな。

 周囲から納得のどよめきが起こった。

 言われれば、何でもない話だな。


「なるほど……確かに普段からやってますな。

で……情報が集まって、作戦はどうやって決めたのですかな」


 ご主君は何でもないような感じで、淡々している。

 少しくらい自慢しても良さそうなものだがな。

 そんな素振りが、全くない。

 ご機嫌とりをして取り入る小物にとっては、天敵のような存在だ。


「猫人が保護を求めてきたので、人形師本人だと思いました。

人形師は虎人一人のみを操作します。

そして他人を、一切信用しません。

自分の目で確かめるでしょう」


 確かに、人を操るヤツは利用するが信用や信頼はしない。

 周囲の能力が低いと見たら、自分で見るしかないと。

 相変わらずこの人間観察眼は、実に鋭い。

 よほどの人生経験がないと無理だが……。

 

「そして、虎人が人形師の制御から離れた今がチャンスだと思いました。

虎人の習性から推測すれば、狼人の集落が空になったと聞いたら面白くはないでしょう。

虎人は狩りの経過を楽しむタイプです。

獲物が横取りされたなら不快でしょう。

そして、自分の力を誇示したくてウズウズしています」


 虎人の性格や性質を、執拗に知りたがった真意はここにあるわけだ。


「そこで、オラシオ殿に挑発してもらいます。

そして、簡単なお手紙で怒り狂ってもらいます。

元々イライラしているところですからね、子供だましでも効果が見込めますよ。

彼らがどんなことを言われると嫌うか……知っていれば簡単でしょう」


 確かに、戦場では平常心を失ったヤツから死ぬ。

 しかし……ご主君戦場経験ないのだろう。

 何でそこまで知っているのだ。

 執拗に知りたがったことから、本当に重要性を理解してることを示している。

 全くもって年齢不詳だ。


 オラシオが感心したようにうなずいている。


「ふむ……確かに、そうなったら突っ込んでくるな。

実際怒り狂っていた」


 そんなご主君は、俺たちの感心に自慢するそぶりを全く見せない。


「そんなときに、冷静に罠の存在を見抜けますかね。

人形師がいたら止めたでしょうが不在です。

しかも、人形師がいないと何もできないと馬鹿にしています」


 辛うじて同意するのが精いっぱいだ。

 人から聞いた話だけで、相手を操作できるものなのか。

 虎人は操作されたなど、気がつきもしないだろう。


「確かに突っ込みますな」


「そして、意地でも先頭に来る大将をまず仕留めます。

指定席のチケットは、誰にも譲らないでしょう。

油にもそこまで注意を払わない、むしろ逃げて火矢で攻撃されたらたまりません。

本能的に混戦に持ち込むでしょう」


 確かに……油に気がついたヤツらは、突進の速度を上げたな。


「そしてしばらくは戦えるでしょうが、疲れが出始めた頃に退路が炎上します。

われに返ってみれば、大将は死んでいる。

どうして良いか分からなくなる。

そうなると生存本能に従うでしょう。

結果として総崩れですよ。

簡単でしょ? 怒らせて……罠にはめて倒す。

やったことはそれだけですよ」


 全員は沈黙。

 簡単な話を、奇麗に当て込むものがどれだけすごいことなのか。

 ご主君は知っているのだろうか。


 俺は全員の意見を代弁した。


「ご主君だけは絶対敵に回したくないですな」


 全員がうなずいた。

 敵だとしたら、気がつかないうちに罠にはめられている。

 避けられる自信がない。

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