第80話 復讐の覚悟

 俺は、大将首を持ってある部屋に向かった。

 保護を求めてきた猫人のいる部屋だ。

 付き従っているのはジュールのみ。


「御安心ください。

虎人の大将は打ち取りました。

猫人はもう安全ですよ」


 ヤロスラヴァ・ミカと名乗った猫人に、首を見せてそう伝えた。

 ヤロスラヴァは硬直していたが、突然無表情に笑い出した。

 こんな笑い方もあるのだなと、妙な関心をした。


「そう、間抜けね」


「そうでしょうかね」


「ええ、こんなアッサリ死ぬなんてね。

とんだ間抜けよね」


「ちなみに、われわれはあなたをと呼んでいました。

名前を知らなかったのでね。

本名は何と言うのですか? 今なら教えてくれてもいいでしょう」


 ヤロスラヴァは俺を殺しそうな目で睨んだ。


「センスない名前ね。

エステル・ミカよ。

どうでも良いのでしょうけど」


「ではエステルさん。

少し謎解きに付き合ってください。

虎人をけしかけて、狼人を圧迫したのはなぜです?」


「関係ないでしょ」


 そう簡単には教えてくれないか。


「破滅志向で狼人、虎人、犬人、猫人を争わせた?」


「フン、大して賢くないわね……アンタ」


「そこまでうぬぼれていないですよ。

復讐が目的だったのは分かってはいたのですがね。

虎人が狙いなのかハッキリしなかったのですよね」


 殺気が増したようだ。

 それを感じてジュールも、剣に手をかける。

 俺は、ジュールを手で制した。


「そのために、全部の種族を巻き込んで何をしたかったのかなと。

楽しみでそんなことするほど……暇人ではないと思っていますがね」


「こんなこと言いに来るアンタと違って、アタシはそんな暇人でないよ」


「でしょうね。

実に周到で堅実な謀略でした」


 エステルの目がさらに鋭くなった。


「馬鹿にしているのを隠さなくてもいいわよ」


「いえ正直感心していますよ。

多分捨て身の謀略で、最後は自分も死ぬつもりだったのでしょうが。

私はそこまで、復讐の覚悟が持てませんので」


「アタシはその程度の覚悟に負けたってわけね」


「そうですか? あなたの目的は達せられたと思いますが」


 エステルは鼻で笑った後に激高した。


「足りない! 足りないよ! 絶対にね! その程度ではね! アッサリ殺してくれてさ!

なんの権利で、アタシの復讐を奪うのさ!」


 相手が激高するほど、こちらは冷静になる。

 以前もあった光景だが、今の俺は精神的にどっと疲れている。

 冷静が限界なのだ。


「あなたの権利なんて知りません。

私は領民を守る義務があるのですよ。

見ず知らずの人のくだらない復讐劇に、配慮なんてしませんよ」


 半分は八つ当たりで、言葉遣いも容赦なくなる。

 こんなところは、2人に見せたくない。


「くだらないだと!」


「一応聞いてあげますよ。

どこまですれば満足するとしていたのですか?」


 エステルが立ち上がった。

 ジュールがさらに警戒するが、再び俺は手で制する。


「いいか! あの馬鹿にね、なめている他の連中に歯向かわれて! 追い詰められて! 絶望しかかったときに!

アタシが最後の一突きで、絶望の淵に落としてやる! その生き甲斐を……お前は奪ったのさ!」


 そして狂ったような笑いを浮かべて吐き捨てた。


「そして狼も犬も猫も、最後は疑心暗鬼で殺し合う。

みんな死んでしまえばいいのよ!」


 俺は、思わずため息が出た。


「両親が狩りで失敗して死亡、その原因は虎人のこいつ。

だが部族協調の建前で原因はごまかして、身代わりとして両親が無能呼ばわり。

ロクな葬儀もされない。

確かに巻き込んで破滅させたい気持ちはあるのでしょうね。

部族協調などぶち壊したいでしょう。

ですがことは、私の領民に関わるのでね。

どんな相手だろうと、私の優先順位を変えさせません」


 エステルは俺の嘲りと哀れみが混じった言葉に、鬼のような形相をする。

 即座に叫びながら俺に襲い掛かってくる。


「そうかい! ならせめて、アンタから残りの生きがいはもらうよ!」


 武器は持ってないはずだし、爪に毒でも塗っているのか。

 ジュールが切り付けるより前に、無詠唱で俺は魔法を使った。

 炎の魔法だが、影響範囲を極限まで絞ることによって短いレーザーのようなものができる。


 範囲の炎でなく、細い管のようなイメージに炎のエネルギーを圧縮する。

 距離は至近でしかできないので実用的ではない。

 不意打ちで一撃必殺の護身用魔法。

 予測されて、体をずらされるとアウト。

 記憶が戻る前に、興味本位で練習して会得していた。

 ここで使うとはね。


 ジュっという音とともに、エステルの頭に小さな穴が開いて焦げ臭い匂いが漂った。

 そのまま飛び掛かった態勢のまま、地面に落ちた。


 そして床に、血がゆっくり広がる。

 完全に焼き切るほどの時間は発動しない。

 ほんの一瞬だからだ。


 人を殺したのは初だが、何の感情も呼び起こさなかった。

 俺が人として壊れているのか、疲れているのかは分からないが。

 多分前者なのだろう。


「ジュール卿、死体の処理をお願いします」


 倒れたエステルを無感動に見下ろして、俺は部屋を出た。

 体が鉛のように重かったが、まだ休めない。

 統治者なので、やることは山積みなのだ。

 終わったら、ただ1人で寝たい。

 それだけだ。

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