第79話 君命をも受けざるところにあり

 戦闘が始まった報告は受けている。

 あとは任せるだけ。

 1人で何も考えずに、外をじっと見ていた。


 何人が死傷するのか、考えても詮無いこと。


 統治者としてはその通り。

 死者は盛大に弔って、勇敢に戦ったことを讃え名誉とする。

 残された家族が不自由しないように最大限配慮する。

 残った兵士が、心置きなく戦えるように。


 指導者は人の死を数でしか数えない。

 そんな批判を、転生前に聞いた。

 確かに指導者にとっては、結局は数値で必要経費なのだろうな。

 そう思っていたし、そもそも気にしもしない人もいただろう。


 自分が指示を出す立場になって思い知ったことがある。

 戦死者一人一人の人生を考えると、とても精神が持たない。


 数値としてみないと、絶対に精神が崩壊する。

 いちいち死者を、気にしていたら勝つこともおぼつかない。


 一将功成りて万骨枯る。

 良き指導者は、地獄への近道を知るもの

 とはよく言ったものだ。


 部下を死なせて、未来に進む。

 確かに俺の進む道は、死屍累々の地獄に一直線だな。


 自嘲しながら、唇をかんでいた

 何かがしたたり落ちる感じがした。

 これも自己憐憫なのだろうな、

 どうにもやりきれない。


                  ◆◇◆◇◆


 扉が開いて、2人が入ってきた気配がする。

 振り向く気にもなれずに、そのまま外を見ていた。


「アルまだそこにいたの?」


「お兄さま、どうかされました?」


 返事をするのがやっとだった。


「何でもないよ」


 その声のトーンでばれてしまったようだ。

 2人が俺の横に来て、盛大に切れている唇に気がついたようだ。

 驚いたミルが黙って、血を拭ってくれた。


「結果がでたら教えてくれないかな?」


「分かったけど……今はここにいるわ」


「今のお兄さまを、1人にはできませんわ!」


 心底心配そうにミルが言ってくれた。


「つらいなら何でも言って」


 ため息がでた。


「何を言っても、自己憐憫にしかならないよ」


 キアラが俺の腕を強くつかんだ。

 その表情は俺を叱責するような顔だった。


「お兄さま。

自分を責め続けるのは、戦った人に対しての冒瀆ですわ。

みんなを出迎えるときは、空元気でもいいからしっかりしてください」


 さすが、貴族の教育を受けているだけのことはある。

 俺もそうだったのだが……転生前の記憶の方が勝ってしまっている。


「その通りだな。

有り難う……もう大丈夫だよ。

知らせがくるまでは、1人にしてくれないか?」


 すごく複雑な表情をして、2人は出ていった。


「情けないところをみせたなぁ。

なんとか立て直さないといけないな」


 とは思ったが、何か良い案があるわけではない。

 自分の気持ちに、自分だけで、折り合いをつける難しさを痛感している。

 そして……ようやく唇の痛みに気がついた。

 黙って外を見続けて、日が傾きかけた頃に扉が開く。


                  ◆◇◆◇◆


 ミルだった。

 ものすごく辛そうな顔をしていた。

 それだけで、死者がでたことは分かった。


「アル、ロッシさんが戻ってきたよ」


「勝ったか」


「ええ」


「被害は?」


「死者………4名、負傷者14名よ」


「分かった、有り難う」


 まだ心配させているな。

 俺も、まだまだ未熟ってことだ。


                  ◆◇◆◇◆


 庁舎の前で、チャールズを出迎えた。

 町は歓声に包まれている。

 特に狼人たちは、数年の因縁があった虎人との戦いに勝った。

 この一点でも、喜びは大きかったようだ。


「ロッシ卿、ご苦労さまでした」


 チャールズは真面目な顔で一礼した。


「ただいま帰還しました。

ご指示の通り大将は打ち取りました。

逃げ伸びたものは、ごく少数でしょう」


「そうですか。

では、怪我人の収容と死者の葬儀の準備を。

そのあとで祝杯ですかね」

 

 チャールズの後ろに控えていたオラシオが神妙な顔で、声をかけてきた。


「ご領主」


「オラシオ殿もご苦労さまでした。

ゆっくり休んでください」


「申し訳ない。

余計な手出しだとは思ったが、ロッシ殿に頼み込んで戦わせてもらった。

揚げ句に死人もでた。

罰は何でも受ける」


「ロッシ卿は参加を許可したのでしょう?」


「ああ」


「なら、命令違反ではありません。

謝罪には及びません。

将、軍に在りては、君命をも受けざるところにありですよ。

ロッシ卿が認めたのであれば、私が認めたことと同義ですから」


 オラシオは納得がいかないといった顔をしていた。


「だが……」


 彼らが、そうすることは知っていた。

 知っていて送り出したのだ。

 罰するなんてことは、絶対にできない。


 俺は静かにオラシオが何か言おうとするのを、手で制した。


「いいえ、繰り返しになりますがご苦労さまでした。

そして命がけで、町のため戦ってくれて……有り難うございました」


 オラシオがすべてを悟ったような顔になって、俺に深々と一礼した。


「あと、大将の首をお借りします」


 まだ、俺にしかできない戦後処理がある。

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