第78話 閑話 共に血を流してこその仲間
虎人のリーダーであるパウル・ベーヴェルシュタムは、占拠した元狼人の町で不機嫌な表情のまま腕組みをしていた。
虎人は、強さを示してこそトップに立てる。
狼人を追い出して、強さを誇示するつもりだった。
あと一歩だった。
だが……気が付くと、狼人がいなくなっていた。
拳を振り上げて降ろす先がなくなった。
それが、フラストレーションの元である。
俺を恐れて狼人が逃げたと言って取り繕ったが、どうにもすっきりしない。
噂では新しい移住者が、狼人を一掃したらしい。
俺に常にアドバイスをしてきた猫人エステル・ミカが、そう伝えてきた。
あいつは役に立つ。
俺は、力をふるうのが得意だが細かいことを考えるのは苦手だ。
「アタシに力はない。
狩りで死んだ両親を馬鹿にした同族には、愛想がつきた。
力のあるパウルさまに仕えたい」
そう言って、体を差し出してきた。
気晴らしにもなった。
俺の力を誇示するのに、犬と猫を脅かして狼人を攻撃させるのはなかなか楽しかった。
昔は共存していたが、俺たち虎人に損な役回りばかり押し付けやがって。
あの中で、一番態度がでかかったのは狼人だ。
そいつらが苦しんでいるのは、いい気分だ。
やつらに貸しは、山ほどあるから返してもらう。
そんな狼人を一掃した連中に、興味がでてきた。
「そいつらを始末すれば、パウルさまはこの地域のボスになれるわ。
パウルさまの子種を、みんな欲しがるわ」
エステルがそんなことを言ってきた。
ボスに興味がないが、力を示すのは大好きだ。
子供を作りまくって、俺の王国を作るのも悪くはない。
「やつらの町に潜り込んで、狼人の末路を確認してくるわ。
ついでに追い出したやつらを調べてくる」
とエステルが言ったので送り出してやった。
獲物を知らないと……追い詰めて始末し損ねるかもしれないからな。
そんなことを考えていると、いきなり見張りの虎人に矢が射かけられた。
敵襲か! 俺は咆哮して全員に戦闘指示をする。
そんな咆哮を馬鹿にするように、矢がまた飛んできた。
すぐに消えたが、あの姿は狼人か。
まだ生きてやがったか。
追いかけたが、やつらは素早い。
狼人どもは、全員取り逃がしてしまった。
苛立ちながら、町に戻ると数名が矢傷で怪我をしていた。
傷の割に苦しんでいた。
「毒か!?」
部下が怒り狂う。
「ボス、そのようです。
やつらふざけやがって…」
別の部下が、紙を持ってきた。
「ボスこんなものが。
同じものが、複数ありましたぜ」
紙に文字が書いてあるが読めない。
「読み上げろ!」
「へい! 虎人は小心だから、狼人と戦うのが怖くて犬猫の陰に隠れている。
頭も悪いから、猫に助けられないと何もできない…」
部下をにらみつけて怒鳴りつける。
「終わりか!」
「い、いえ…猫がそんな馬鹿に見切りをつけて、虎が狼人の空き家でコソコソしていると伝えてきた。
やるなら今が機会だ……危なければ森の外の町に逃げれば、小心な虎は追ってこない。
虎のボスは小心だから、絶対前にでない。
馬鹿な虎がでてきたら、弓でも射れば逃げ帰る。
指示か何かのようです」
怒りの余りに目の前が暗くなった。
「いくぞ! やつらに目に物見せてくれる!」
無事な全員が咆哮して走りだした。
◆◇◆◇◆
チャールズ・ロッシは迎撃準備を整えて、敵を待ち構えていた。
そこに、オラシオの一団が走りこんできた。
「ロッシ殿、任務達成したぞ」
「ご苦労さん。
下がってくれ」
オラシオが真剣な目のまま下がらなかった。
「いや、俺たちも戦わせてくれ」
ご主君は狼人の人口を減らすことを危惧している。
戦わなくて良いと明言している。
「危険だ」
「いや。
一緒に戦わないと、本当に仲間になれたと思えないのだ!」
オラシオの表情は必死だった。
「頼む! 俺たちを仲間にさせてくれ! ご領主の咎めは俺が受ける! 頼む!!!!」
もう時間がない。
問答をしても無益だ。
「分かった。
だが、深追いは禁物だぞ。 あとご主君からの指示は誰がやるんだ?」
「ああ……感謝する。
その指示は、俺の息子に任せてある」
突如として、森から咆哮が聞こえる。
「お客さまがいらしたな。
ご主君の予想通りか。
あそこまで単純に、引っかかるものかね……」
ご主君の策は、わりと単純だったのだが……。
そこまで、簡単にかかるのだろうか。
あとで謎解きをしてもらおう。
それまでは死ねないな……。
怒涛の勢いで、虎人が突進してくる。
突然転倒して水しぶきのようなものが飛ぶ。
浅い落とし穴を掘ってある。
そこに、一つ仕掛けをしている。
油をため込んでいたのだ。
「よし、斉射!」
起き上がった虎人の先頭に、矢の雨が降る。
ここでは、火矢は使わない。
近接戦闘で、部下に引火したらたまらない。
先頭の虎人は、そのまま倒れて動かなくなった。
だが残りの虎は突進してくる。
「迎撃!」
手はず通りに、斉射をやめて迎撃を開始する。
ご主君が言っていた
「虎人は多分、初手の突進力は比類ないでしょう。
でもそれを凌がれると、持続力が持たなくなります。
無理に倒そうとしないで……受け流すことを優先してください。
と言っても、実際の判断はお任せしますよ」
確かに蛮族のようなやつらは、突進力があるけど長続きしない。
激戦が1時間ほど続く。
そして、次の仕掛けが発動した。
オラシオの息子がやったようだ。
後ろの森が燃え出したのだ。
悪辣な罠。
1つ1つは単純だが、連鎖すると……とんでもない威力になる。
オラシオの息子が叫んで、敵さんにご丁寧に教える。
「森が燃えているぞーー」
虎人の動揺が、最大になる。
そうなると大将が、既に倒れているので立て直せる者もいない。
散り散りになって逃げようとする。
追撃はしない。
油を浴びていたものは、火の中を突き進もうとして引火して息絶える。
他に逃げ場などないからだ。
無事に逃げ帰れたものは、ごく少数だろう。
森が燃えてから、30分程度……決着はついた。
敵方の戦場での死者は少ない。
倒そうとしていないからだ。
なので10名程度。
敵の総数は100を越えていたろう。
どれだけ逃走時に死んだかは後で調べよう。
こちらの被害は、死者4名。
全て功を焦った狼人だ。
血を流して、仲間になりたがった。
それを止めることは、戦場に生きてきた俺にはできなかった。
だが、ご主君はどうだろうか……。
俺たちを決して責めないだろうが、自分自身を責めるだろう。
こんな時は無責任な、ご主君のほうが気楽なのだがな。
叱責されるほうが、ずっと精神的に楽だ。
俺の判断を全て認めて責められないのは、いざそんな事態になると辛いものがある。
身勝手な考えだが、切実な思いでもある。
あとは負傷者14名。
戦死者の遺体と、負傷者の後送を指示する。
俺たちはご主君に指示されたとおりに虎人の大将首を持って、帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます