第73話 人形師
獣人たちからの話を聞いて、背後に黒幕がいる確証は得られた。
後はどのように仕掛けるかだが……むしろ、相手から仕掛けてくる気がする。
虎人の背後にいるヤツは、こちらの状況を見ずにいきなり攻撃を仕掛けてくるか?
普通であれば狼人が1戦して集落から消えた場合、こちらの情報を探るだろう。
何も考えずに犬人と猫人をけしかけて全滅その揚げ句、一気に報復攻撃を受ける。
そしてその勢いで、虎人も全滅させられる。
それは避けたいだろう。
こちらに、誰かを偽装投降させて情報を得ようとする。
ただし、破滅を望んでいた場合は、ちょっと事情が異なる。
しかし、破滅にしても決定打がない。
徐々に、破滅には向かっているが。
狼人たちが帰った後、いつもの3人になった。
1人の思考には、限界がある……。
「2人とも少し相談したいのですが良いですか? 自分の考えの整理をしたいのです」
キアラが、ぱっと笑顔で興奮しだした。
「ええ! ぜひ! ぜひ! やっとお兄さまの頭の中を見られるのですね! この日をどれだけ待ちわびたことか!」
頭の中を見るとか怖いぞ……。
ミルはちょっと不安そうだ。
「私も良いけど……、私の考えなんて役に立つの?」
「違う視点が欲しいのですよ。
ミルも私の相談役として、とても優秀だと思っています。
自分を卑下しなくてもいいですよ」
「う……分かったわ」
俺は一息ついて、話し始める。
「今までの話を聞いて、虎人を操っている者がいると確認しました。
今のところ名前は分からないので、便宜的に人形師と呼びます」
キアラが皮肉っぽく笑った。
「操り人形ですか。
もうちょっと可愛ければ良かったのですけどね……虎さん」
「前回、その人形師が破滅志向の可能性を考えました」
ミルがあきれたように言った。
「全員を巻き込んで、破滅って迷惑な話よね」
「それが合っているのか検証したいのです」
キアラが俺の考えに、疑問を持ったらしい。
「間違っている可能性があるのですか?」
俺は、黙ってうなずいた。
「破滅を望むなら、そのまま犬人と猫人にここを攻撃させれば良いのですよ。
負ける可能性が高いのですから」
俺の言葉に矛盾を感じたようで、ミルが首をかしげた。
「勝ったら目的から離れないの?」
「仮に勝った場合ですが……デッラ・スカラ家の総力をあげて、討伐が発生します。
ほぼ確実に破滅するでしょう。
外の情報を知らない可能性もありますが。
人が領地開発を始めたことを知らない。
そうとは……ちょっと考えにくいのですよね」
キアラが、少し考えて言った。
「そうですの? 森に引きこもっていて、狼人の領域までしか知らなければ分からないと思いますわよ」
ミルも同意だったようで、うなずいている。
「そうね。
私も里長が教えてくれるまで、アルが来たのが分からなかったわ。
知っていたらもっと早くきていたもの」
俺は、自分の視野が狭まっていたことに気づかされた。
「ああ……なるほど……確かに。
自分の視点で見すぎていましたね。
やっぱり2人に話して良かったです」
満面の笑顔のキアラ。
ちょっと照れてうれしそうなミル。
普段から、もう少し2人を褒めた方がいいかな…。
「われわれのことを知らないと思いますかね」
キアラは可愛いらしい仕草で首をふった。
「人の開発かは知らないけど、誰かが来たのは知っているのかもしれませんわね」
ミルはなぜか対抗して色っぽい仕草で首をかしげた。
「犬人とか猫人って、狼人の方の様子を探っているのかしら?」
「戦いの強さが、虎人の序列を決める……でしたわよね。
それなら探ることすらしない可能性はあるのでしょうか?」
ミルとキアラは疑問をだしてくれた。
その点については大丈夫だろう。
ちゃんと理由もあるからな。
「そこの情報は得ていると確認しています」
2人とも首をかしげて、俺に続きを促す。
「前提として人形師は1人の虎族を操っているはずです。
複数だと虎人自体に、不信感を持たれます。
結果として影響力を失います」
ミルがその光景を想像して苦笑していた。
「脳筋系だと確かにそうねぇ。
競争している社会で、誰に対しても良い顔をしたら嫌われるわね」
キアラも納得したようにうなずいた。
「つまり……その虎のお人形さんが、力を持つように配慮するのですわね」
「ご名答。
そのためには、有利な状況を作り出すための情報が必要になります。
あてずっぽうで、あそこまでずる賢く立ち回れないでしょう」
そこでミルは素朴な疑問がでたようだ。
腕組みをして首をかしげた。
「何が目的なのかなぁ……トップを操って、何を目指すのかな」
「そうですわね……ここは、心を鬼にしましょう。
お兄さまをモデルに考えましょうか」
いきなり。雲行きが怪しくなってきたぞ。
ミルがキアラに向き直った。
「と言うと?」
「お兄さまを操るとします。
実際は不可能ですが……仮にお兄さまを操って、何を得たいのでしょうか」
「自分ができないことをさせるかなぁ……」
「お兄さまを使って、誰かを攻撃する。
これが一番単純な話です」
「でも……やったのって、狼人を追い出してちょっかいをだし続けているくらいよね」
その場合が、どうなるかだな…。
「結果的に、虎人以外の力はそがれています」
ミルは暫く眉を顰めて考えこんでいた。
折角考えてくれている。
俺はミルの答えを待つことにした。
ちょっとしてから、ミルは少し自信が無さそうにうなずいた。
「放置すると残るのは、虎人のみってことになるのかな?」
キアラがこの話の先を考えるように、首をかしげる。
「どっちにしても、虎人は破滅しないですわね。
復讐の対象は虎人以外なのでしょうかね」
良い感じで進んできたな。
ここまでは実利理想的な積み上げだ。
「このままだと、そうでしょうね」
ミルもキアラと同じように、首をかげした。
「それなら狼人が全滅したら駄目じゃないのかな」
「そうですね……犬人と猫人を食い合わせても、どっちかは残りますからね。
ただでは済まないでしょうが」
ミルがため息をついた。
「延々と食い合わせていたら、恨みが凄いことになりそうね」
「そうですわね……」
凄くいいヒントがでた気がした。
「仮にですよ……恨みを極限までためて、虎人がいるせいだ。
となったら、どうなるでしょうか」
ミルが考えこむ。
「恨みがかえって増幅して、狼人、犬人、猫人が組んで虎人に襲い掛かる。
そうなるかもしれないわね。
何もない状態だと、虎人を攻撃しようとまで思わないだろうけど」
キアラも俺の思考の先を知ろうとする。
「では、お兄さまは人形師が虎さんを消そうとしていると思っています?」
「まだ、断定はできません。
あくまで可能性の一つですよ。
ただ狼人が、われわれと合流したのは完全に予想外でしょうね」
「みんな仰天するくらいだからね。
誰かも予想なんてしないでしょ」
「お兄さまの発想を把握できる人なんていませんわ。
お姉さまと私くらいでしょう」
ミルが素朴な疑念をぶつけてきた。
「あ、でもさ。
何で狼人を狙い撃ちしたのかな」
キアラがミルに笑いかける。
「それは犬人か猫人のどっちかを狙ったら、すぐ終わるからでありません?」
「ああ……そうね」
俺は、この議論のゴールに向けて方向を定めた。
「どちらにしても、人形師にとっては私の方針は最悪なはずです。
私を消しに来るでしょうね」
キアラの目が冷たくなった。
「お兄さまの邪魔ですか……ちょっと物理的に整理するしかないですわね」
ミルも冷ややかな目になった。
「整理って……取りあえず再起不能にするくらいで良いと思うわよ」
2人で盛り上がりだした。
嫌な盛り上がりだ。
「次に人形師が打ってくる手で、ある程度見えると思います」
大勢の命が掛かっているからな。
間違いは許されない。
しっかし胃が痛い……。
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