第72話 男はつらいよ
放置するとキャットファイト(物理)になりかねないので、仕方なく仲裁することにした。
「2人とも……いい加減にしないと、しばらく口をきかないぞ」
ピタッ。
擬音が聞こえた感じがした。
「2人とも俺のかけがえのない、大事な人なのだから喧嘩はしないでくれ」
ミルがシュンとして下を向いた。
「えっと……アル、ごめん……」
キアラは泣きそうになっていた。
「お……お兄さまごめんなさい」
このままだと明日以降、空気が最悪になるので2人を抱きしめる。
「分かってくれればいいさ」
◆◇◆◇◆
何とか、ことを収めたが……次の日、みんなにニヤニヤされた。
先生なんて大ハシャギ。
「夫婦の倦怠期に加えて、キアラ嬢の欲求不満かぁ。
これは見物だ」
余りにデリカシーに欠けた発言だ。
お約束でミルとキアラに締め上げられていたが。
男はつらいよ。
日本映画で、やたら女にモテる香具師のテーマ曲が頭に流れる。
でもだ……
不幸中の幸いだ。
でも……こんなこと思うと来たりしないだろうな。
◆◇◆◇◆
悩んでいても仕方ないので、執務室で狼人が来る前に、3人でちょっと話をする。
ミルがちょっと気になったことがあるようだ。
「昨日の話で、気になったのだけど。
アーロンさん、虎人と対話はほとんどないって言っていたでしょ」
「ですね」
「でも、共生していたときもあるのよね? 変じゃない?」
ちょっとうかつだった。
昨日のキャットファイトで、情報の精査ができなかったしな…。
どこかの突っ込み裁判ゲームのように、即座に矛盾をつけるわけでもない。
あれもテストプレイのとき尋問は、1回きりで繰り返しできなくて……皆ほとんど突っ込めなかったらしいが。
「今日来てくれる狼人に聞けば良いだろうけど……。
多分最低限な話だけをしていたと思います」
ミルも、一応納得したようだ。
「なるほど…。
世間話すらしないって、森のエルフも顔負けね」
確かに、世間話をエルフ同士がするイメージって湧かないな。
「アーロン殿が噓をつく理由もないですから」
「ある程度、どうするかは決まっているの?」
俺は腕組みして肩をすくめる。
「まだ何とも」
「お兄さまは決めてから走りだすのは早いですけどね。
走るまでは熟慮しますよね」
「ただ……虎人が横暴になったのは、背後で焚き付ける存在がいたからなのは、間違いないでしょうね」
俺のぼかした発言にミルが今一ピンとこなかったようだ。
今までは道理ばかりの話をしていたからな。
利益が見えない話をすぐには理解できないだろう。
「焚き付けてメリットある?」
「目的が復讐なら、メリットは関係ないでしょうね。
死なばもろともってやつです」
キアラがあきれた顔になった。
「非建設的ですわね。
お兄さまみたいにみんな建設的なら良いのですが」
「差し当たり復讐なら、それ以外の人たちは別に破滅したいわけじゃないですしね。
何とかなるでしょう。
全員が破滅覚悟だったら、苛烈な判断が必要になりますが」
ミルが心配そうに聞いてくる。
「一応……聞きたいのだけど、その苛烈な判断って何?」
ぼかして説明する。
「私はどうしても必要なら、町の人たちを守ることを最優先して他は無視します」
「そ、それは……」
俺はあえて軽い雰囲気でミルにウインクした。
「そのうち、こっそり教えますよ」
この話は、尾ひれがついて広まると面倒だ。
季節を選んで、森を焼き尽くすなんて、口に出せる話ではない。
つまり……無関係の人たちすら巻き込む覚悟だ。
逃げてきたものを、片っ端から狙撃。
どんな非難を浴びせられようとも、部下や住民の生命を守らないといけない。
できればやりたくはないし、そうならないように最善を尽くす。
ミルに嫌われたくはない。
だが、その個人的感情を優先して住民を殺されるようなことは甘受できない。
キアラが悟ったような表情になった。
「お姉さま。
人には話せないレベルの、過激な話になるでしょう。
お兄さまは決して、そうならないように最善を尽くされますわ。
お兄さまの妻なのですから、お兄さまの覚悟は受け止めてあげてくださいね」
さも当然といったように、胸を張るキアラ。
「私はお兄さまが、どんな判断をしてもお兄さまの味方です」
きっぱりした表情で、ミルが断言する。
「分かっているわよ。
私は絶対に、最後までアルの隣にいるわよ。
嫌いになるとか絶対にないわよ」
ちょっと暗い話になってしまった。
しばらくすると狼人たちの到着の報告があった。
ここで、情報が明らかになればいいのだがね。
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