第70話 策略の基本

 昼食が終わってから、一通り談笑をした。

 そして続きの話を聞くことになった。


 虎人とは最初は協力し合っていたが、それは最初に自分たちの力が弱かったからのようだ。

 勢力が拡大して、しばらくしてから自分たちの取り分を多くするように要求。

 そして要求はエスカレート。

 そのとき、狼人を狙い撃ちにして要求をつり上げ続けた。

 ひど過ぎたので断ると、犬人と猫人に攻撃をさせて狼人を追い出しにかかった。


「よく犬人と猫人が、素直に話を聞きましたね」


 アーロンが補足した。


「争いの最中に聞いたのですが、人質を取られていたようなのです。

それだけではありません。

犬人、猫人に対しても、われわれは過剰に物資の支援を要求されていたりして……仲が険悪になっていました」


 何だろう。

 古代中国の歴史で見たように、策略の基本を抑えているな。

 ただの脳筋ではないのか……実に厄介な相手だな。


「思ったよりずる賢いようですね」


「お恥ずかしながら、気が付いたら既にこうなっていました」


「それ以降……戦いの場に、虎人は出てきているのですか?」


「争いの場には出てきますが、犬人と猫人に専ら戦わせています」


「争い始めてから、何年ほどたちますか?」


「7-8年ほどですな。

もう何のために戦っているのかも、忘れかけてはいますが」


 やれやれ……こいつは厄介だな。

 戦争自体が目的になってやがる。

 思わず頭をかく。


「犬人、猫人は積極的なのですか?」


「どうでしょうなぁ」


 分からないか……直接的過ぎたかな。

 質問を変えよう。


「捨て身の攻撃だったりしますか?」


「いえ、そこまでは」


 理性は残っているなら、まだ何とかできるか。


「交流があったときの印象として、虎人はそこまで悪知恵が回るのでしょうか」


 アーロンが考え込む。


「いえ……単純といった感じで、そこまで知恵が回るとは思えませんな」


「突如、人が変わったイメージなのでしょうかね」


「突然ではなく徐々にですなぁ」


 幾つか可能性はあるが……思い出すように、アーロンが続けた。


「決裂するまでは粗雑だが、気の良いヤツらではあったのです。

変わったことを……すぐには信じられませんでした」


 詳しいことを聞かないといけない。


「徐々に変わり始める前、直前でなくても良いのです。

何か事件か、いつもと少しでも違うことがありませんでしたか?」


「うーむ。

違いと言ったわけでもないし、たまにあることならあるのですが……」


「ぜひ、教えてください」


 アーロンが目をつむって何か記憶を探るような顔になった。


「共同の狩りに、虎人が失敗したくらいですな」


「その共同の狩りとは?」


「大型の魔物に対しては、虎人が敵を引き付けます。

われらと犬人が、魔物を混乱させます。

猫人は隙を見て攻撃と、事前の罠の設置などを」


「常に相対的に、虎人の被害は大きいのですかね」


「そうなりますな。

役割分担でそのように」


 何となくは見えてきた。


「狼人と犬人、猫人の間での争いはたまにあったそうですよね。

彼らとの間で、遺恨が残るような問題はありましたか?

死者が出れば遺族は恨むでしょう。

怪我をして狩りができなくなれば、やはり恨みが生じると思います。」


「面目ありませんが……存じませんな。

私も全てを知っているわけではありません。

もしかしたら、他の者たちが知っているかもしれませんが…」


「では明日で構いません。

虎人が来てからの犬人、猫人との関わりがあった人に私の所に来るように言ってくれませんか?」


 アーロンが、けげんな顔をする。


「全員ですか?」


「当時子供だった人も対象です。

どうかお願いします」


 頭を下げる。

 ここまですれば、漏れはないと思う。

 慌てて、アーロンが確約する。


「あ、頭をお上げください。

必ずや向かわせます」


「ええ、お願いします」


 アーロンの元を辞したあと、帰り道で珍しくジュールが俺を呼び止めた。


「ご主君…相手を仲間にいれるのは、良いのですが……話を聞くとずる賢いようです。

仲間に入ってから支配しようと企んだりしませんか?」


 遠慮がちな様子から俺の方針に反すると思ったが、どうしても聞きたくなったのだろう。

 いざ、騒動が発生したときに矢面に立つのは彼らなのだからな。


「当然の疑問ですね」


 不快ではないことを示すために、笑顔で答える。


「私はですね……戦いを挑んでくるのは別に悪いとは思っていません。

ただし……一度、われわれに賛同してから裏切れば決してよ」


 ミルとジュールが驚いた顔になった。

 無原則に寛容だと、絶対に舐められて不要な損害が出る。

 寛容の言葉を、言い訳にして部下に被害を負わせる。

 そんなことは、俺自身の我慢がならないのだ。


 心配そうな顔で、ミルは俺を見ていた。

 だが、こればっかりは変えられない。

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