第69話 女達に逆らうと明日の肉は不味くなる

 案の定、キアラが来たし。


「アーロンさま。

昼食は、私もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」


 来ていわれたら、普通は断れないだろう。

 アーロンは笑顔でうなずいた。


「勿論ですとも」


「ありがとうございます」


 左右を婚約者ミルヴァと、キアラにがっちり固められる。

 しかも、左右の配置も何か決まりが有るらしい…。

 首を突っ込むと、絶対ロクなことがない。

 なすがままにさせている。


 狼人は基本肉食なので、肉が主体となる。

 以前骨付き肉にかぶりついて、2人に大目玉を食らったな。


「行儀悪いわよ! アルは領主さまなのよ?」「お兄さま、品格というものが有るのですが?」


 こういうのは、かぶりついてナンボだろ。

 おかげで狼人から、好感を持たれたし。


 狼人は狩猟が得意なので、肉の量はかなり増えた。

 だからといって調子に乗って獣を狩り過ぎて、生態系のバランスを壊した揚げ句……肉不足なんて目も当てられない。

 このあたりは、注意が必要だな。


「野生動物の狩りもいいけど、家畜もいるかなぁ……」


 俺のつぶやきはミルに遮られる。


「はいはい、その議題はあとでね」


 昼食は軽めの肉と、火を通した野菜の盛り合わせ。


 生野菜を食べる文化は、余りない。

 衛生面なども有るのだろうか。

 昼食の話題は、よく有る普通の世間話


「狼人族の子供たちに、何か娯楽は有るのでしょうか」


 狼人の子供が、余り遊んでいるのを見たことはない。

 狩りや運動など生活に関連したものが、楽しみとなっている気がする。


「そうですな……遊ぶことを、目的としたものは有りませんな。

生きることが最優先ですからな」


 デスヨネー。


「その伝統は、勿論、尊重します。

ですが、生きることにようにしたいのですよね」


「ご領主さまはお優しいですな。

われわれからしたら、想像もつかない話ですが。

そこまで、安全を確保するのは大変なのでは?」


 別に優しいからって訳ではない。

 生きること最優先だと、文化が育たない。

 文化が育たないと、自分たちで自立する思考が育ちにくい。

 本音は、ここではまだ隠す。


「狼人でも狩りが得意なものや、不得手な者もいるでしょう。

今までだと、不得手なものは生きていけない……違いますか?」


「仰るとおりです。

残酷なようですが」


「いえ、生きることが最優先です。

それは仕方ないかと。

ただ……狩りが不得手な者たちには大体は別の取り柄が有る。

そう思います」


 アーロンが笑った。


「つまり、その者たちでも生きていけるようにすると仰る訳ですな」


「そうですね。

そうしたいと思っています」


「もし……この老骨でもお役に立てることが有るのでしたら、何なりとお申し付けください」


 ミルに露骨に、ため息をつかれた。


「アルはそうやって歩けば、仕事を増やすのよね。

ほどほどにしてよね」


 キアラにまでため息をつかれた。


「それでお兄さま自身でも、収拾がつかないほど膨れ上がっていた訳ですのね。

お姉さまのいうとおりですわ」


「い、いやでも……仕方ないでしょ。

いろいろ有るのですよ……」


 アーロンが笑い出した。


「われわれにこんな言葉が有ります。

『女たちに逆らうと、明日の肉はまずくなる』

ここは素直に、奥方と妹君に従った方が良いかと思います」


「ハイ…」


「ところでお兄さまは、アーロンさまに何をお尋ねになったのです?」


「アーロン殿たちが何時頃ここに来て、他部族とどんな関係を築いていたかを聞きたかったのです」


「単に好奇心ですの?」


 俺は、首を横に振る。


「虎人との抗争に向けてですよ。

これは、まず避けられないでしょう」


 その言葉で一同緊張する。

 ミルも気になっていたらしく、首をかしげている。


「それと、昔話がどう関係するの?」


 この説明は丁寧にする必要が有る。


「狩りをするにしても、獲物の習性を知らないと無駄に労力が増すでしょう。

いわんや戦いです。

勝ったあとに、こちらに取り込むことを考えるのですよ。

何がダメな行為かを知らないと、不要な手間が掛かります」


 俺の言葉に納得がいったらしく、アーロンが深くうなずいた。


「確かに……狩りでも、獲物の習性を知るところから始めますな」


「そんなときは、普段の行動も当然頭にいれますよね」


「確かに確かに……なるほど……。

それで、ささいな情報でも知りたがったのですな」


「ええ。

私の戦略立案が稚拙だと、部下に無用の損害を出してしまいます。

それだけは避けたいのです」


 アーロンが俺に何かを問いかけるように視線を向けてきた。


「しかし、最善手でも損害は出るのではありませんかな」


「ええ。

ですが……その原因が、私の怠慢。

そのような原因に、私は我慢ができないのです」


「恐ろしくいばらの道ですなぁ。

普通の指導者は、そんなこと考えませんぞ。

大体は耐えられなくなりますな」


 ミルがあきれつつも優しい目で、俺を見た。


「アルはこういう人なのよ。

ほんと自分にだけは、やたら厳しいの」


 キアラも、ウンウンとうなずいた。


「ですので、私たちが支えないとダメなのですわ。

でないと、唐突に娼婦が欲しいと言い出しますから」


 もう忘れろよ……しかも冤罪だよ!

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