第67話 蘇る平家物語
仕事人間が、急に仕事を失った。
そんなとき、その人間は時間を持て余す。
そんな話を聞いたことがある。
いや趣味とかないのか? 時間のつぶしようなんて幾らでもあるだろ。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
女性2人が結託して、会議を掌握した結果。
俺の仕事がなくなりました。
そして、今時間を持て余している。
さっきまで、平家物語が頭に流れていた。
掌握された結果……。
会議で大方針を、俺が提示する。
全員で誰が、何を担当するか話し合って決める。
話し合いは、女性2人が仕切る。
各自の報告も、女性2人が仕切る。
問題が提示されると、皆で相談しだす。
俺は最後に首を縦に振るだけ。
そして、平時といえば。
俺への相談は、全て秘書の女性2人を経由。
町に視察に出るときは、片方が付いてくる。
目的は俺が、余計な仕事を探さないように。
あと、直訴のときの取り次ぎ。
もう1人は、屋敷に来る俺への報告や陳情の取り次ぎ。
俺の情報源は、2人に完全に握られるようになった。
このシステムを瞬く間に作り出したのはキアラだ。
巡礼から戻ったあと、キアラは兄2人が忙殺されているのを見ていた。
「大兄さまたち忙しすぎて大変ですわね…。
お兄さまだったらどうしますか?」
俺は何の気なしに、古代中国には皇帝の文書の管理をつかさどる秘書官……確か尚書令ってあったなーと思い。
「自分への情報を全て聞いて処理しようとすると、幾ら時間あっても足りなくなるからね。
俺だったら、自分に上がってくる情報を精査してくれる人たちを置くかな。」
「情報ですか?」
「そう、考えてみて。
お兄さんたちは2人。
お兄さんたちに話をする人は何人いる? 全員が必要な話をするとも限らない。
その人の話を基に、別の話を聞かないといけないとしたら?」
「ああ……そうですわね」
「ただ、情報って大事だからさ。
精査してくれる人が誰かを贔屓したり、都合の悪い情報を握りつぶす人だったらダメなんだ」
「確かにそうですわね。
やっぱりお兄さまはすごいですわ」
「いや外から見ているだけで、無責任に思いつくだけだよ」
「お兄さまがお仕事をされるとき、私がその精査をやりますわ!」
「キアラになら安心して任せられるな」
そんな会話をしっかり覚えていて、仕組みをずっと考えていた……気がする。
ただ、椅子に座って平家物語の暗唱は、余りに切ない。
そんなとき……閃いた。
俺にしか、絶対できないことがある!
「ちょっと外に出てくるよ」
「どこに?」「どこにですか?」
「ああ、ちょっと昔話を聞きに」
ミルとキアラが、アイコンタクトを取った。
そしてミルが、キアラにウインクした。
「今回は私だったよね? アルのお付き」
「お姉さま、お兄さまをよろしくお願いしますわ」
「ええ、任せて」
何だろう。
子供が、親に監視されている……そんな気になる。
ミルが不思議そうな顔をしていた。
「で、昔話って?」
「そのまま昔話ですよ」
「???」
◆◇◆◇◆
そして向かったのは、狼人族の長老がいる家である。
女子供だけでなく老人にも優先して、家を建てるようにしたので
長老にも既に家があてがわれている。
まだ木造だけど…。
コンクリートにするといったら、木の方が落ち着くといわれたな…。
「アーロン殿、突然の訪問してすみません。
幾つかお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
長老はアーロン・グリンといって、齢70のご老人である。
70歳でも達者でいる。
子供たちに昔話を聞かせるのが、趣味の好々爺になっている。
昔は勇敢な戦士だったらしい。
「おお…これは、ご領主と奥方さま。
突然でも尋ね人は嬉しいものです。
この老体に、何か御用ですかな」
「ええ。
昔からあなたたち狼人と犬人、猫人、虎人が争っていたとは思えなくて。
争っていなかった頃の話をお聞きしたいのですよ」
ミルは俺がどんな意図で、話を聞こうとしているかは分かっていないようだ。
護衛のジュールは、相変わらず生真面目な表情のままだ。
これには、ちゃんとした意味がある。
俺は身を乗り出す。
「これから争うである人たちのことを、私は何も知らないのですよ。
それで情報が欲しいのですが、戦いのこと以外は分からない」
狼人たちは俺に情報を隠そうとしている意図は、全くない。
ただ……こんなときに聞く話は、戦いの話のみが常識となってしまっている。
そして新参者の意識もあるので、自分たちがくだらない話をして立場を悪くしないか。
そんな心配もあるのだ。
この段階で、俺に上がってくる情報は絞られてしまっている。
だから情報を選別して、俺に伝えないように頼む必要がある。
「どんな生活をして……どんなことを考えて……どう暮らしているのか。
それを知りたいのです。
どんなくだらないと思われる話でも、今は必要なのです」
そこで、俺は頭を下げて教えを乞うた。
俺以外は仰天している。
そんなに毎回驚かないでくれよ……。
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