第64話 戦争は政治の延長とは限らない

「ミルがこっちに来たのは、切っ掛けがあったからか?」


 夜になって2人きりのときに、ミルがこっちにきた理由を尋ねた。

 トリガーとなる現象があると思ったからだ。

 ミルがしばらく考えていたが……突然頭を抱えだした。


「あああああ! そうだった……。

里長に状況の報告をする話を忘れていたわ……」


「何の状況だ?」


 ミルが答えた。


「ええとね獣人の集落から、人の存在が感知できなくなったのよ。

それで私が確認しに来たのだけど、集落から人だけが消えていたのよ。

襲撃された様子もなかったのよね」


「ああ……それね。

狼人たちには移住してもらった」


「結構狼人がいたけど、元の集落にいた全員?」


「そうだよ」


 襲撃から移住までを説明した。


「そっか……里長に報告しないと」


「また、しばらく離れるのか?」


 久しぶりに再会したので、また数日間離れると思うと複雑になる。

 ミルがウインクした。


「大丈夫よ、森の入り口で伝言を流すだけだから。

馬があれば、朝に出て午後に戻ってくるわ」


 そして精霊の言葉について、説明を受けてほっとした。


「それは良かった」


 ミルは俺を見てほほ笑んだ。


「あら、精霊の言葉の原理を聞かなかったのね」


「あ、そういえばそうだ。

ミルとまた離れるかと思うと、そっちで頭がいっぱいになっていたよ」


「それは私も嫌よ。

それはそれとして、私に何か手伝えることはない?」


 俺は、頭をかいた


「そうだな、俺の秘書をしてほしい。

結構手が回らないときがあるからね」


「わかったわ。どんな仕事をしているか知らないけど……一緒にやっていけばわかるかな」


「俺の精神安定のためにもぜひ頼む」


 驚いたようなミル


「そんなにため込んでいるの?」


「いやね、皆……俺にとんでもなく期待している。

期待が増すほど、プレッシャーが重くなるのだよ」


「じゃ、2人のときは弱音を吐いてもいいわよー」


「あー有り難い。

あと、俺が間違ったことをしようとしたら遠慮なくいって」


 ミルが俺を見て苦笑した。


「わかったわ。

でも、自分でハードルを上げてない?」


「むぐ、それはまぁ……」


 尻に敷かれはじめている気がするが……まあ良いか。

 そしてしみじみと思った。

 確かに権力者の妻とか愛人が、力をもつ仕組みがよくわかった。

 少なくとも部下の前では、そこまで素を出せない。

 そんな中プライベートで女性に何か頼まれたら、ついつい話を聞いてしまう。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日、ミルを騎士に託して、里長への報告に森に送り出す。


 そして俺は、次なる課題に取り掛かることにした。

 人口が増えてきたことで、そろそろ防疫を真剣に考える必要がある。

 差し当たり、町の公衆浴場の設置。

 トイレは下水の整備とともに、設置が進んでいるがこれも急ぐことにする。


 必要になってからでは遅いのだ。

 政治家は、洪水が起きる前に堤防をつくる能力がいる。

 たとえ馬鹿にされたとしても。

 それで被害が減るなら、幾らでも馬鹿にされよう。


 そして安全保障についても急務だ。

 獣人族に、他部族の情報を聞き込まないといけない。

 午後に戻ってくるミルから、里近辺の話と合わせて聞くことにする。


 オラシオがうなる。


「以前にあった他集落との抗争か」


「狼人族の以前いた集落に、別の部族が住みつく。

そしてこちらに攻撃してくる可能性は高いです」


 ゲルマン民族大移動のように蛮族の心太状態で崩壊……みたいなことも考慮しないといけない。

 周辺の地図を、頭に入れて戦略を立てる必要がある。

 といっても、山で囲まれているから大量な蛮族の心太にはならないが。

 ただ、他部族の抗争は避けられないだろう。

 オラシオが考えこんだ。


「確かに……われわれがここに攻撃を仕かけたのはそもそも、奥の獣人から攻撃を受けて避難するためだからな」


 ミルは遠慮がちに挙手した。


「隠れ里は辺ぴな場所だったから、近くには部族はいなかったわね。

エルフは人口も少ないから、僻地でもやっていけたし」


 差し当たり、状況の確認がいるな。


「攻撃を仕かけてきた獣人は、どんな種族でしたか?」


 オラシオが腕組みをした。


「攻めてきたのは虎人、犬人、猫人だな」


 オラシオが忌ま忌ましそうな顔になった。


「虎人が犬人と猫人を支配している……強敵だ。

といっても、俺もこの地方のすべてを知っているわけではない。

虎人のバックに何かいたとしても知らないな」


「力で押さえつけている感じですか?」


 オラシオがあごに、手を当てた。


「そうなるな。

こちらを圧迫したのは、領土より別の目的のような気がするが」


「どんな目的ですか?」


「力の誇示だな。

虎人は戦場の強さで、社会的地位が決まるらしい」


 そうだな。

 原始的な社会だと戦争論のような戦争は、政治の延長といった話とはそぐわない。

 戦争自体が目的なんてザラにある。


「ふむ……犬人と猫人は、捨て石みたいな扱いですか?」


「そうだな。

そんな感じだった。

弱いが数が多いから、幾らでも代わりが効く」


「そもそもオラシオ殿たちが圧迫されたのは、数に押されたからですか?」


「ああ、個々の戦いでは負けないが……数が多い」


 大まかな状況は把握できた。


「恐らく……すぐには襲ってこないでしょう。

ですが事前の対策は急務ですね。

彼らの情報をください。

なければいかなる手段をもっても、情報を集めてください」


「どんな戦いかは、俺が教えられる。

それ以外も必要か?」


「ええ……ただ倒してしまうだけ。

みたいなことはしませんよ。

私の基本方針に反しますから」


 チャールズが、俺に確認するような目を向けた。


「ご主君、その他の獣人も仲間に引き込むつもりですかな?」


「無論です。

可能なら隠れ里のエルフたちにも、危険な目に会う前にこっちに移住してほしいのですがね」


 ミルが首を横に振った。


「人間に不信感が強いからも、時間がかかると思うわ。

里長は前向きみたいだけどね」


「エルフに関してはしばらく置いておきましょう。

獣人を仲間に入れるためにも、彼らのことをできるだけ知らなくてはいけません」


 オラシオが首をかしげた。


「だが、ご領主はわれわれのことをそこまで知らなかったろう。

それでもあれだけ、見事な戦いができたのだ。

取り越し苦労なのではないか?」


「いえ、あれはロッシ卿が見事なだけですよ」


 チャールズが、ニヤリと笑った。


「ご主君の判断は的確でしたな。

オラシオ殿たちを一切馬鹿にせずに、対等な知恵のある相手として相手の作戦を読み切ったのですからな」


 褒めても、何も出ないぞ。

 オラシオも俺を褒めだした。


「あの見事な戦いぶりは、われわれが合流を決めた理由でもある。

あれだけ強いなら、子供たちを守りやすいだろうと。

そして打ち負かした相手を、仲間にするのは全くの予想外だった。

他の連中もご領主の考えを計りかねて、手を出しづらいのかもな」


 ミルもうなずいた。


「集落から住民が全員いなくなったのは、それだけ強くて皆が逃げだした…とか思われて警戒されているのかもね」


 俺は腕組みした。


「あり得る話ですね……それで攻撃を諦めてくれれば、一番楽なのですがね。

何にせよ、いきなりの結論は難しいでしょう」


 俺は、全員を見た。


「とにかく、情報を集めましょう。

情報をもっている人には、私が直接その人から聞きます。

そして情報は、子供の他愛もない話でも構いません」


 俺以外の頭の上に、?マークが出たようだ。

 そのうち、情報の分析もレクチャーせんとならんな。

 知識の集積には、使徒介在での忘却への対策も必要だ。

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